海外派遣スタッフの声

現地看護師と二人三脚でチームをけん引: 白川優子

ポジション
手術室看護師
派遣国
イエメン
活動地域
アデン
派遣期間
2012年6月~2012年8月

なぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

子供の時に「国境なき医師団」という名前を目にして衝撃が走りました。かなり昔のことになりますが、今でもその時の感覚を覚えています。以来、MSFは夢や憧れというよりは高嶺の花のような形で私の心の中にずっと存在していました。成人して看護師になり、いつまでも変わらぬ想いから英語の勉強を始め、海外経験を積み、その後いろいろな良いタイミングが重なってついに2010年にMSFに初参加することができました。

今までどのような仕事をしていたのですか?どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

日本でトータル7年間、外科・産婦人科を中心に病棟と手術室で働いていました。その後、オーストラリアに留学し、現地で看護師の資格と永住権を取ることができました。

その後は、MSFに初参加するまでオーストラリアの手術室で働いていました。チームリーダーや学生指導・新人指導なども時々担当していましたので、この指導経験がMSFの活動でとても役にたちました。

オーストラリアは多人種・多文化です。世界中の訛りの英語で鍛えられ、いろいろな国の文化や生活習慣の違いなども経験することができましたので、MSFでの生活には溶け込みやすかったです。オーストラリアで何回もキャンプの旅に出たり、東南アジアで3ヵ月の安宿1人旅をしたりという経験もMSFでの生活に役に立っています。

今回はMSFでの3回目の派遣でした。今回は少し過酷な状況だったのですが、乗り切ることができたのは、前回2回の派遣での下積みができていたことも大きいと思います。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?どのような業務をしていたのですか?

手術の様子

イエメン南部の町・アデンで、2012年4月から、MSFが外傷センターの運営を開始しました。とてもエキゾチックで素敵な港町のアデンですが、紛争による被害者が後を絶ちません。政府と反政府との衝突は私がいた2ヵ月だけでも目に見えて激しくなってきていました。

私はそのMSF病院に、オペ室ナースのスーパーバイザー(責任者・指導者)として派遣されました。殆どの症例が銃創で、爆発の被害者も時々運ばれてくるという感じでした。ほかに、急性腹症など一般の外科的治療もありました。紛争の被害者は毎日運ばれてきて、本当に忙しい病院でした。

今回私は2ヵ月という期間を与えられました。すでに機能しているオペ室チームの質の向上を図ることが目的でした。

私が責任を持ったオペ室メンバーは、ナース9人、クリーナー6人、器材の滅菌係2人でした。実はこのナースの中にはすでにスーパーバイザーが1人いて、彼がオペ室チームを仕切っていました。彼は私が到着するまでは24時間×7日間のオンコールをしていたそうです。彼がせめて夜だけでも休めるように、2ヵ月後にはスーパーバイザーがついていなくてもオペに対応できるチームを作ることが目標に掲げられました。

二人三脚でチームを作り上げた同僚(右)

私が到着してからは、彼と2人でオンコールや仕事上の責任を分かち合い、二人三脚で仕事をしていきました。そのおかげで、2ヵ月間でチームの質がさらに向上しました。特にナース達の技術はどんどん成長し、スーパーバイザーなしでもできる程度にまでになりました。私が帰国したため、彼は再び1人でオペ室を仕切っていかなければなりません。ですが、2ヵ月前と違い、夜のオンコールはスタッフに任せられるレベルになりました。

私は今回、彼らの持っている技術や知識の質の高さに感銘を受けました。仕事に対する真面目な姿勢と強い責任感も、このオペ室チームの特徴でした。2ヵ月内でチームの質が劇的に向上したのは指導される側のスタッフ全員の努力のおかげであり、本当に気持ちよくやりがいのある仕事ができました。特に、同じスーパーバイザーの立場だった彼は、私までをも引っ張っていく力と器の持ち主で、たくさんのことを教えてもらい、助けられました。彼も私に同様の評価をして下さり、お互いに刺激を与え合いながら最後まで良いパートナーとして仕事ができました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

民族衣装に挑戦!

とにかく忙しいミッションだったので、2か月の間で1日しか休みませんでした。この1日はWi-Fiのある事務所(病院から車で30分)でネットを楽しみながら過ごし、美しい海を見ながら移動し、夕方には買い物にも行けて、本当に気分転換になりました。

1日しか休まなかったのは、緊急が多かったということもありますが、自分の選択でもありました。もしかしたらもう一生来ることはないかもしれないこの場所で、しかも2ヵ月しか滞在できないと思う気持ちがありました。

少しでもスタッフとの時間を多くしたいと思い、患者数の少ない夜や休日を利用してオペ室ナースのトレーニングをしていました。私はこれを仕事ととらえずに、楽しいコミュニケーションの一貫にしていました。何か食べ物を差し入れしたり、トレーニングの合間に音楽をかけたり、おしゃべり時間を多くとったり、何か楽しいことを取り入れてトレーニングをしていました。この時間は現地スタッフとの交流を深める貴重な時間でもありましたし、スタッフも楽しみにしてくれていました。

そのうち、何故か外科医や麻酔科医も(おしゃべりに)参加してくれるようになりました。しまいには、現地スタッフから学ぶアラビア語レッスンにまで発展しました。オペが一旦切れた時のオペ室は、休日だろうが夜だろうが"トレーニング兼楽しい交流の場"となっていました。

現地での住居環境についておしえてください。

日本から派遣された田辺康医師(外科医、左から2人目)にも出会いました

病院の2階に住居がありました。きれいな個室で、部屋には冷房・バス・トイレが付いていてとても快適でした。外出が簡単にできるような状況ではなく缶詰め状態でしたが、緊急の案件があってもオペ室まで1分以内というのはとても楽でした。

素敵なリビングルームもありましたが、忙しいミッションだったので、時間があれば自分の部屋で寝ていた人も多く、リビングはほとんど空状態でした。食事・洗濯・掃除は他のミッション同様にやって頂いたのですが、クタクタに働いている中でのこのシステムは本当にありがたかったです。

私達の唯一の息抜き場所は屋上でした。アデンの街が一望でき、時間になるとあちこちのモスクから大音量でイスラムのアザン(礼拝への呼びかけ)が聞こえてきます。このアザンが私の心にとても心地よく響き、タイミングが良いと、アザンを聞きながら夕日の沈む美しい光景を見ることができました。とてもエキゾチックな時間を楽しめました。

綺麗な夕日も見られましたが、流れ星のような弾丸も見られるような状況だったため、安全上の理由から屋上に出ることを規制されることもありました。インターネットは、プリペイドのUSBスティックを順番で使っていたので、思うようには自由には使えませんでしたが、時々メールをチェックする程度に関しては充分だったと思います。

良かったこと・辛かったこと

良かったことは本当にたくさんあります。まずはイエメンの人達の心の広さと温かさに触れたことです。スタッフの他にも、患者さんや患者さんの家族と接する機会がたくさんありました。みんな優しくて陽気で楽しい人達ばかりでした。一部の人間が始めた戦争をこころから悲しみ憎み、平和を心から祈り、家族・仲間を心から愛する人達でした。

また今回のミッションで私はオペ室ナースとして、スーパーバイザーとして、また1人の人間として大きく成長したと思っています。まず日本では見たことのない症例の処置を勉強することができました。またコンビを組んで仕事をした現地スーパーバイザーの彼のマネージメント力は、これから私が取り入れていきたいと思う程に素晴らしく、いい刺激になりました。人間的に素敵な人達にもたくさん出会えて、自分の器の小ささに気づくいい機会でもありました。

辛かったことといいますか、Mass casualty(=大惨事、自爆テロがあってMSF病院だけでも一気に40人の負傷者が運ばれてきました)の際に、トリアージの経験がなかった私はどう動いたら良いかよく分からず、本当に無力さを感じました。ベテランスタッフ達のおかげでどうにか収拾がつきましたが、このことがきっかけでトリアージ系のトレーニングを受ける決意をしました。

また被害に遭ったほとんどの患者さんが普通に暮らす人びとでした。そのことが辛かったというのは言うまでもありません。妊婦さんもいましたし、乳児もいました。道に落ちていた(仕掛けられていた)時限爆弾を、そうとは知らずに遊んでいて被害に遭った子供8人が一気に運ばれてきたこともありました。信じられない現実ばかり目の前にして、精神的な強さを保つことにもエネルギーを使いました。

派遣期間を終えて帰国後は?

1ヵ月後にシリアへの派遣が決まっている状態で帰国してきました。この1ヵ月を貴重に楽しく過ごす為に、家族や友達と小旅行を繰り返して日本を満喫しています。次はイエメン以上に過酷な状況と予想されますので、今は遊んで楽しみながら次の派遣へのエネルギーを充電しています。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

前回(パキスタン)前々回(スリランカ)の声も参考にして下さいね。

今回、私は過酷な状況を目にしてきました。確かに大変な状況下での任務ではありましたが、それでもたくさんのドラマがあり、感動もあったし楽しいこともたくさんあり、前回、前々回同様に、確実に人間的な成長が得られたと実感しています。仕事に関しても次の目標が見つかり、次に向けて意欲も湧いています。このように、派遣に行けば、毎回得られるものが確実にあります。実際に体験してみないと分からないですから、思い切って参加してこの素晴らしさを生で体験してください。

MSF派遣履歴

派遣期間
2011年7月~2011年12月
派遣国
パキスタン
プログラム地域
ペシャワール
ポジション
看護師(手術室スーパーバイザー)
派遣期間
2010年8月~2011年4月
派遣国
スリランカ
プログラム地域
ポイントペドロ
ポジション
手術室・外科看護師

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