海外派遣スタッフの声

日本では経験することのない産科疾患に対応:田中躍

ポジション
産婦人科医
派遣国
ナイジェリア連邦共和国
活動地域
ジャフン
派遣期間
2008年9月~2008年12月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

病院敷地内で待つ入院患者さんの家族達

子どもの頃から海外で働くことに憧れていました。特に発展途上国で働きたいと思い、大学受験時は農業技術者になろうと思ったこともありました。結局医療方面に進みましたが海外援助活動をしたいという希望は変わりませんでした。しかし医者になってからは一人前になるために医局の一員としてずっと日本で働いていくことしか想像出来ませんでした。なんとか定年退職まで働き抜くことを目指していました。今振り返ると夢中になりすぎて視野が狭くなっていたと思います。けれども医者になって10年目に自分の現実の生き方に対する疑問が抑えられなくなりついに退局してしまいました。その後数ヵ月バイトや放浪などをして自分のやるべき事を考えていたときに初心を思い出し、海外での医療援助活動を視野に入れるようになりました。その時真っ先に思い浮かんだのがMSFでした。既に新聞等のメディアでその存在や活動については知っていたので、すぐ説明会に参加し、活動に応募しました。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

前述のとおりごく平均的な日本の医者が歩む道を辿って来たと思います。ただ、外科系の医者は常に臨床の研鑽を続けなければという思いはとても強いものでした。人の身体にメスを入れるからには中途半端な技術では無責任で、恐ろしい結果を引き起こす可能性があるという思いが、MSFのプログラムに参加した後に再び大病院に戻って働き続けた理由でした。これまで主に婦人科を中心に働いてきましたが、大きな手術も含めて全て経験させて頂いたおかげで、アフリカでの緊急開腹手術等は全てこなすことが出来ました。ただしMSFのミッションでは後ろには自分以外バックアップは誰もいない為、手術では常に緊張とストレスを感じました。むしろ日本の病院で働いていた時の方がいざというときそれなりのバックアップが得られる点で楽だったかもしれないとつくづく実感しました。

ただ、いつまでも医局や大きな病院にいてはMSFで十分活動できないのも事実です。帰国する度に“おまえの留守の間大変だったぞ”というボスや周囲の人々からの圧力には、この状態をずっとは続けられないという思いを強くさせられました。結局2008年3月一杯で大きな病院での勤務は辞めました。今は医局の先輩の経営する産科個人病院で非常勤医として働いています。分娩管理と帝王切開だけはMSFでの活動の為にも譲れないと思い、継続しています。大きな手術をする機会が無くなってしまったことで不安はありますが、フルタイム勤務時は多忙のため、MSF日本の理事を務めているものの議事に十分ついて行けないことも多かったので、今はその為に自分の時間を割けるようになり満足しています。将来のことは不確定ですが何とかやっています。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

MSFテント病棟(病棟改修中に一時的に患者を収容
するために建てられました)

今回参加したのはナイジェリア北部の最貧県の市立病院の再整備、産科救急、および膀胱膣瘻(ぼうこうちつろう)*治療プログラムを支援および推進するプログラムでした。

  • 膀胱と膣の間に穴が開いてしまい、尿が膣に漏れ出してしまう状態。

近年MSFのプロジェクトは、外科プログラムを中心に大型化する傾向にあります。このプログラムでも病院の建て替えや、新しい手術室の建設、大きな欧州製ディーゼル発電機の寄付と設置などを進めています。MSFは実は膀胱膣瘻治療については経験がほとんど無く、手探りで実験的にやっているという印象でした。膀胱膣瘻の手術そのものは経験の豊富なナイジェリア保険省所属の外科医達が担当して僕の介入する機会はありませんでした。もっとも産科救急を一人で24時間やるようにといわれていたので、膀胱膣瘻手術まで手は回らないだろうと出発前に説明は受けていました。膀胱膣瘻といっても日本の婦人科手術書に出ている小さな穴の開いただけの症例は皆無で、アフリカの膀胱膣瘻は骨盤底臓器が広範囲に壊死、脱落して大きな空洞を形成している症例も多く、あたかも子宮頚癌の放射線治療後に時折観られる悲惨な症例のようでした。常に尿が垂れ流しの状態になるため家族からも疎外され、夫に捨てられるなど深刻な環境にいる患者さんも多く、アフリカでは膀胱膣瘻は本当に大きな問題であることを実感しました。膀胱膣瘻の原因は遷延分娩です。一定時間以内に速やかにお産を終了させる事が大前提の日本では絶対に経験することの無い疾患でした。

手術テント内での手術の様子

僕が働いた3ヵ月間に分娩は産科救急も含めて週に約20件と、非常に多いわけではありませんでしたが、産後の出血や胎盤遺残などの救急が同様に多くかなりきつかったです。日勤帯の予定帝王切開などはMSFの担当ではありませんでしたが、僕が執刀した緊急開腹手術は3ヵ月中で合計14件(このうち帝王切開は11件)ありました。分娩数に比較して少ないですが、僕は安易な帝王切開は次回妊娠分娩時に十分な医療サービスがいつでも保証されているわけではないアフリカでは罪だと信じているので、患者さんと胎児の状態が許す限り、経腟で分娩させるようずいぶん頑張りました。

臨床の他に産科病棟スタッフの教育も大事な仕事でした。現地における基本的な医療レベルが低いことは事実で、レクチャーの内容も陣痛促進剤の点滴を1分間に20滴から開始するには一滴に何秒かければ良いかとか、点滴ラインのテープ固定の仕方、膀胱留置バルーンカテーテルの挿入法とかごく初歩的なことに終始しました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

産科病棟スタッフと

他の派遣者の方々が書かれているのと同様、寝て過ごしたり、本を読んだり、皆で衛星テレビを観たり、ポーカーをしたり、ビールを飲んだりなどしました。金曜日は町のマーケットデイなので何回か宿舎近くのメインストリートにショッピングに出かけました。交代で料理する日曜は何回か料理を作りました。

現地での住居環境についておしえてください。

平屋でしたが、コンクリート製の部屋が10以上もある比較的広い事務所兼宿舎に、一人一部屋ずつあてられていました。エアコンはありませんでしたが各部屋の天井に大きなファンが着いていて暑いとは感じませんでした。近くの3部屋ごとにひとつずつトイレ+シャワー室がついており、また割り当てられた部屋によってはトイレ+シャワー付きのものもあり主に女性の派遣者に割りふられました。

現地スタッフのコックが居て毎日一生懸命料理してくれましたが、ほぼ限られたメニューの繰り返しだったので少々飽きました。とはいえ、おいしい物は日本に帰ったときにいくらでも食べられるし、仕事をしに来たのだからと思っていたのであまり辛いとは感じませんでした。でも川魚がでた後に食中毒になった時は、かなりきつかったです。食べるものも自分で判断して用心しないと怖いものだと思いました。

ナイジェリアはアフリカのジャイアントと呼ばれています。そのオイルマネーのためか、僕の居た地方の小都市でも携帯電話が普及しており、自分の携帯から、かなり安い料金で日本に国際電話がかけられました。家族との定期的な会話は随分気分転換になりました。

良かったこと・辛かったこと

辛かったことは、現地のチームリーダーが産婦人科医療のことにあまり精通していなかったため、計画に無理が生じ、肉体的にも精神的にも少し苦労したことです。これまでの活動ではいつも仲間と100%楽しんでいたのですが、今回は初めて少々アンハッピーでした。

良かったことは、患者さんを救った時にいつも患者さん本人やその家族から感謝されたことです。

派遣期間を終えて帰国後は?

非常勤で働いています。またMSF理事としての活動にもっと傾倒しないといけないと思っています。MSFのミッションにはまた行くことになると思います。

欧米のMSFオフィスでは医者でもオフィスで活動運営のために働いていて、臨床からは離れている人を頻繁に見かけます。自分が本当にやりたい、意義があると思うことには給料や待遇などに左右されず追求する姿勢には感銘を受けます。僕は自分の今の状態のままでどこまでやっていけるか判りませんが、しばらくはこのまま頑張るつもりです。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

途上国での援助活動に興味のある人には、MSFは何か明るく夢がある団体だという印象があるような気がします。僕自身は最初に参加したときにはそういう印象を受けました。しかし、ひとたび日本を出たら、たとえ紛争地域でなくとも日本とは比べものにならないくらい危険があります。ですから特に家族を養う立場にいる方々は少し慎重に考えてみて下さい。それでも困っている人達のために一度は働いてみたい!という方は是非参加してみてください。充実感は今までの仕事とは比べものにならないと思います。絶対に“自分の人生を生きている”と実感出来ます。そして活動参加後はMSF日本の会員となって、皆でもっともっとMSF日本の活動を発展させていきませんか?皆さんの活動参加をMSF日本理事会としても大いに期待しております。

MSF派遣履歴

  • 2007年4月より、MSF日本理事(専務理事)
派遣期間
2006年5月~10月
派遣国・プログラム地域
中央アジア、トルクメニスタン共和国内、マグダンリー市立病院、妊婦小児治療支援プログラム
ポジション
産婦人科医
派遣期間
2003年5月~11月
派遣国・プログラム地域
アフリカ、ザンビア共和国内マヘバ難民キャンプ、MSFクリニック勤務。救急外来、一般外来、入院治療プログラム、栄養治療プログラム、結核治療プログラム、ワクチンプログラム、妊婦検診。アンゴラ難民帰還プロジェクト(UNHCRおよび他のNGO団体との協力事業)
ポジション
MD(医療スーパーバイザー)

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