海外派遣スタッフの声

厳しい環境に生きる子どもたちの笑顔に感動:山本嘉昭

ポジション
産婦人科医
派遣国
スーダン南部
活動地域
アウェイル
派遣期間
2008年12月~2009年3月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

山本嘉昭産婦人科医

10年ほど前より、ユニセフのホームページやニュースレターを見て、生まれた国が違うだけでこんなに子どもたちには環境の違いがあると思っていました。「神様はどうしてこんなに不公平なのかな」と言う疑問はその後も続いていました。また、日本でも産婦人科医師不足が言われていますが、それでも日本は母児の死亡率が世界でもっとも少ない国です。せっかく産婦人科医師として仕事ができるのだから、世界中で一番医師不足のところへ行って、実際の状況を体験してみたい、またそこで育つ人々、子どもたちはどんな気持ちで生きているのかを知りたいと思っていました。初めてMSFのホームページを見たとき、海外でも自分の医師としての技量が十分使えるシステムを持った組織だとすぐに分かり、MSF憲章にも感動しました。50才を過ぎて、人生の後半にさしかかり、衰えていく体を実感しながら、始めるのは早いほうがよいと決心し、2年間、体力の増強、英語の勉強、休職のための段取りなどいろいろなハードルを越えていくうちに、夢が実現していく楽しさを経験させていただきました。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

医師になって26年間、大学病院でも一般病院でも、救急医療を中心として、いろいろな症例や手術など多方面の分野で経験を積んできました。また30代の時にオーストラリアで、体外受精の研究員として一年間従事させていただいた経験がありました。今回、海外での臨床経験は初めてでしたし、熱帯病関連についてはほとんど知らずに出かけましたが、MSFの周囲の仲間に支えられ、思った以上に自分の実力が生かせたと思います。また、座禅やヨガの瞑想は精神的に、ハーフマラソン完走の経験は体力的な支えになり、英会話学校での経験が多国籍の人々の会話において大きな援助になりました。また、派遣前にあるNPOのお世話になり、インドのコルコタへ行き、マザーテレサの施設でボランティアをしてみました。わずかな期間でしたが、マザーの精神を学び、異文化への接触、生活環境の変化、一人での海外旅行、英語の練習、食事の変化などMSFの予行演習としてとても良かったと思います。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

スタッフたちと分娩室のテントの前で

50年間の内戦が終了して間もないスーダンで、コレラや栄養失調プログラムとともに始まった小児科、妊娠分娩関連支援に3ヵ月参加してきました。北部のダルフール地方と異なり、比較的治安の良い南スーダンの田舎の町です。MSFとしては大きなプロジェクトで、海外スタッフだけでも25人、現地スタッフも100名を越す大所帯でした。MSFによる分娩取り扱い開始から3ヵ月したところに到着し、どんどん症例数が増える中、日本では経験しない、何日も陣痛を我慢した末に担ぎ込まれた重症例や、熱帯地方特有のマラリアや血性下痢などでとんでもない貧血患者さんなどが見られました。日本では初期治療で軽症ですぐに治ってしまう病気でも、医療が無く放っておけばこんなに命がけの状態になるものだと思い、我々の医療が実際多くの人の命を救っていることを実感してきました。外科医も居ないので、産婦人科医師としては一人だけでしたので、帝王切開やその他の手術ができるのは私だけで、その他合併症の管理や難産の処置などを24時間体制で行って居ました。忙しかったですが、助産師やメディカルスタッフの人たちがたくさんサポートしてくれました。

また、英語と現地語の通訳を含めた診療、文化の違いによる考え方や習慣の違い、戸籍のない国での生死の取り扱いや人々の対応、チームワークの重要性、いろいろなライフスタイルや価値観の相違など、自分の今後の人生のために役に立つことをたくさん学ばせていただけました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

短期間の派遣だったので休暇はありませんが、帰りにパリでの報告を済ませ、パリの町を堪能してきました。患者数が多かったので、日曜も朝の回診には出かけ、その後も手術などがありましたが、次第に周囲のスタッフが取って代わり、日曜は助産師が回診をして、わざと私を休ませてくれました。治安上の理由から外出は制限されていたのですが、昼間は近くの商店街にあるレストランに行ったり、夕方はすぐ近くのバーにビールを飲みに行きました。朝、誰か一緒に走る人がいると、早朝のジョギングを少ししました。読書は夜になると暗くて難しく、音楽を聞いたり、みんなで宿舎の中で映画を見たりして過ごしました。

現地での住居環境についておしえてください。

宿舎(コンパウンド)の中庭、マンゴの木があり後ろ
には部屋と水道のタンク、トイレが見えている
たった一回キリのシャワーの降った日でした

熱帯性気候で、昼間テントの下は40度を超え、明け方は10度くらいまで下がり、毛布が一枚いるくらいでした。乾期でしたので雨はなく、おかげで蚊も少なくマラリアの季節も終わりかけていました。煉瓦の壁に茅葺きの小さな部屋を個室としていただきラッキーでしたが、短期間の人はテントの中での寝泊まりもありました。部屋には蛍光灯が一つあり、クーラーや扇風機はなかったのですが、夜になると気温も下がり良く寝られました。食事、洗濯の心配は不要でした。食事はおかずが7種類くらい用意され、味も良く、野菜もありましたが、いつも同じメニューであったのには皆困っていました。シャワーはなく、井戸水をバケツにとり、コップで頭からかけて流していましたが、夕方は水が温かく、朝だと冷水になっていました。帰る頃には、水・衛生活動チームが井戸水をタンクにくみ上げ、上水道を作り上げてくれました。安全面に配慮して24時間ガードマンとドライバーが常駐しており、この方たちに現地語を教えてもらいました。

良かったこと・辛かったこと

大家族が多いスーダンの家庭、
子供達の笑顔がすてきです

一番うれしかったのは、劣悪な環境の中にいながらも元気な子どもたちの姿です。未熟児でもしっかり母乳を飲む赤ちゃんや、水くみなどをしながらも遊びをいっぱい知っている子どもたち、現地スタッフなどでも10代の若者がこれからのスーダンを良くしていこうと誇り高くMSFで働く姿に、幸せを知っている彼らの心を感じました。

暑さや、言語の不自由さ、医療の限界など色々辛いこともありましたが、世界中から集まったMSFスタッフたちは、ほんとに優しい人たちばかりで、帰る頃にはふるさとがもう一つできた様な気持ちになっていました。

派遣期間を終えて帰国後は?

病院勤務にもどり、しばらく心身の充電をしたいと思います。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

辛いことを堪え忍んで、その先にある開放感を味わうのも良いですが、辛いと思わず困難を楽しみに変える気持ちができれば、派遣はとっても魅力的なものになるでしょう。人生も、積極的に考え、ポジティブに考えて行動すると幸せを感じることができますよ。まず、目標を定め、努力してその目標が達成できたときのうれしさは、富や安楽とは比較にならない幸福感を与えてくれます。そんな元気な貴方がいると、周囲の人も、発展途上の国の子どもたちも、貴方から元気をもらい幸せになってくれると思います。

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