海外派遣スタッフの声

南三陸で医師とともに被災者を援助: 八木千枝

ポジション
正看護師
派遣国
日本
活動地域
宮城県南三陸町
派遣期間
2011年3月~4月

なぜ国境なき医師団(MSF)の今回の活動に参加したのですか?

日本での活動は初めてで、現地の方の何かお役に立つことができればと思い参加しました。

いままでどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験がMSFの派遣で活かせましたか?

看護師です。日本で看護師として働いたあとイギリスで看護師をした経験があります。MSFでも過去2度派遣していただきました。日本ではありえないことが何度も起きており、そのおかげで何でも来い!といった体制で働くことができるようになりました。今回は逆に海外での経験が日本での派遣で役に立ったと思います。

今回参加したのはどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

他の団体の方とも協力し合って活動(左から3人めが筆者)。

毎日、南三陸町の避難所に医師とともに訪問し、慢性の疾患がある方などに、医師が診察、処方、私は薬を渡していました。薬に関する知識が不足していた分は、一緒に派遣された医師が補ってくれたので本当に助かりました。診察の後は、避難所にお住まいの方々とおしゃべりをし、MSFで何かできることがないか話し合いました。女性の方々の下着が足りないとのことで南三陸町の総合体育館ベイサイドアリーナにある寄付品を見に行って、医師とともに、女性用パンツ50枚ほど、見つけ出したことがあり、とても印象に残っています。医師や看護師の仕事は何かなどということにこだわらず、できることは何でもしようと思いながら毎日を過ごしました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

2週間の派遣でほかの皆さんは休みなく働いていらっしゃいましたが、私は1日お休みをいただき、鳴子温泉に行きました。南三陸町の被災者の一部の方もいらしたはずなのですが、町にはほとんどだれも歩いておらず、寂しかったです。

現地での住居環境についておしえてください。

築館の、南三陸町から車で1時間15分位のところでホテルに泊まっていました。私たちが派遣されている間に震度6強の地震があり、ホテルの一部が壊れました。ですが、ホテルの方は暖かいサービスを提供しつづけてくださり、印象に残っています。

よかったこと・辛かったこと

炊き出しで一口(?)頂いたとき
の写真。

よかったこと

被災者の方、自衛隊の方、ほかの団体の方やボランティアの方が、毎日復興のために一生懸命働いていらして、たった2週間の間に、道路がなおったり、避難所のお風呂の脱衣場が完成したり、少しずつ、避難所の生活が向上しているのを見ることができました。感動しました。他の医療団体の方などといろいろと話し合い、一つひとつの避難所が必要なものなどを提供するためのアイディアなどを出し合ったりして、協力しあうことができました。印象的でした。

辛かったこと

私はもっと勉強する必要があると痛感いたしました。

派遣期間を終えてその後は?

いまはシンガポールに戻って働いています。戻ってから、感染症対策などの勉強を始めました。しばらくしたらまた、MSFで働かせていただきたいと思っています。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

今回は日本での仕事でしたので、ひと味違いました。日本人と働くのは頼もしいですし、楽しいですが、海外でいろいろな国の方と働くのもとても楽しいです。毎日びっくりすることばかり! もし、派遣されたらぜひ楽しみましょう!

MSF派遣履歴

派遣期間
2010年4~2010年7月
派遣国
マラウイ・ブランタイヤ
ポジション
看護師
派遣期間
2010年8月
派遣国
アフガニスタン・ヘルマンド州
ポジション
看護師

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