海外派遣スタッフの声

健康教育で現地スタッフを輝かせるIECの仕事:園田 亜矢

ポジション
IEC(Information Education Communication)
派遣国
南スーダン
活動地域
上ナイル州
派遣期間
2016年10月~2017年4月

国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

前回のナイジェリアでの活動時に、経験豊富なMSFの外国人スタッフと話す中で、南スーダンはMSFが最も力を入れている活動国の1つであることを知り、自分もそのような国で働きたいと思うようになりました。同国のプロジェクトでIEC(Information Education Communication)のポジションが空くまで待ちました。

派遣までの間、どのように過ごしましたか?どのような準備をしましたか?

前回のナイジェリア派遣が終わる頃、MSF日本事務局で7ヵ月間の有期雇用のポジションが公募されていたので応募しました。採用が決まり、日本で仕事をしながら、今回の派遣を待つことができました。

事務局での仕事は「必須医薬品キャンペーン」というMSFの世界レベルの政策提言活動の仕事でした。この仕事では、これまでのフィールドでの知見を直接、日本の政策担当者や製薬業界に訴えかけることができましたし、逆にフィールドではプロジェクトの運営だけでいっぱいいっぱいになってしまいがちなところ、MSFが世界的に目指すところを常に意識することに役立ちました。

過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか?どのような経験が役に立ちましたか?

IECの仕事は、自分の目と耳で現状を確認し、改善案を考え、現地スタッフに知恵を借りながら改善策を作って実施していく、ということが基本です。大学院で勉強した社会学や文化人類学がこうした仕事の姿勢の核になっています。

加えて今回のプロジェクトでは、病気になった際に人々がとる行動(健康追求行動)の調査や人口調査も行ったので、質的・量的リサーチ方法の知識と経験(フォーカス・グループ・ディスカッション、ヒアリング、質問票作成等)が役立ちました。

今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

コレラワクチン接種を待つ子どもたち。接種場所に人を集めるのがIECの仕事。 コレラワクチン接種を待つ子どもたち。
接種場所に人を集めるのがIECの仕事。

南スーダン北東部マラカル周辺の3ヵ所で、MSFは基礎・2次医療を行う診療所を運営しています。マラカル国連民間人保護区域とその近くのマラカル・タウン、そしてマラカルから川を渡ってボートで20分ほど北に位置するワウ・シルクです。

保護区域とワウ・シルクの患者のほとんどは、2013年12月の内戦開始とともに国内避難民となった人びとです。マラカルのチームは、外国人スタッフ15人、現地スタッフ180人ほどで、ワウ・シルクは外国人スタッフ7人、現地スタッフ100人ほどの規模でした。

MSFが特に力を入れていたのは、結核カラアザールの治療でした。そのほか、マラリア、肺炎、重度の栄養失調などの外来・入院治療、マラカル・タウンとワウ・シルクでは産科治療も行っています。保護区域では、性暴力被害や精神病に苦しむ人びとへの心理ケアも行っています。

私はマラカルとワウ・シルクの3つの診療所に関わるIEC業務を担当し、目の回るような忙しさでした。IECの通常業務としては、コミュニティや診療所での健康・衛生教育の実施や結核治療患者のフォローアップなどがありますが、任期中はそれ以外にも不規則に発生する仕事が盛りだくさんでした。

予防接種をメガホンで伝え歩くヘルスプロモーター 予防接種をメガホンで伝え歩くヘルスプロモーター

まず、任期中に3種(破傷風、肺炎球菌、コレラ)の予防接種キャンペーンを行いました。予防接種はMSFの活動の柱のひとつですが、やれば人が集まるというものではありません。現地のIECスタッフ(ヘルスプロモーター)が、事前に住民を一軒一軒訪問し、「いつ予防接種を行いますから、子どもたちをここに連れてきてください」というメッセージを伝えます。この地道な広報・啓発活動なしに、何千人、何万人を対象にした予防接種キャンペーンの成功はあり得ません。

猛暑の中、私も現地スタッフとともに戸別訪問をしたり、メガホンを使ってメッセージを伝えたり、ラジオでメッセージを流してもらったりしました。苦労はしましたが、肺炎球菌予防接種は4日間の接種期間に、保護区域内の2歳未満児2600人のうち2185人に接種し80%を超えるカバー率を達成しました。コレラ予防接種もマラカル・タウンでコミュニティ・リーダーらの協力を得ながら、接種対象の1歳以上の人口1万4000人余りのうち5日間で1万500人に接種を行い、高い接種率を達成しました。

そのほか、マラカル・タウンでは人口流動が激しく、行政もほかの団体も人口調査を行っていなかったため、IECチームで人口調査を行いました。こちらも広い地域を一軒一軒回って人口を調査するもので、労力のかかる作業を11月と4月に2度にわたって行いました。

IECチームを励ますためには私自身も汗をかく必要があるので、脱水症状になりそうになりながら、チームと一緒に歩きました。そのおかげで人口が把握でき、今後のMSFの医療活動のプラニングに役立てることができました。そのほか、住民の健康追求行動を深く知るために、保護区域の住民約100人に話を聞き、MSFの医療活動やアクセス改善の案をまとめたレポートを作成しました。こちらもIECチームメンバーに相談しながらの作業で、彼らと一体となっての活動の楽しさを実感する毎日でした。

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

マラカル国連民間人保護区域で働くヘルスプロモーターたちと マラカル国連民間人保護区域で働く
ヘルスプロモーターたちと

月曜から金曜の朝8時から夕方5時が通常の勤務時間で、毎日、午前は保護区域、午後はマラカル・タウンで働き(午前・午後の行先は週ごとに変えていました)、チームのスケジュールの確認、ミーティング、トレーニング、チームメンバーのフィールドでの仕事の観察といった業務を行い、5時に帰宅してからレポート作成や翌日の仕事の準備などをしました。

1ヵ月間のうち1週間はワウ・シルクに滞在して、そこでの仕事に集中しました。合計68人のヘルスプロモーターと働くのは責任も重く容易ではありませんでした。残念ながら、2017年2月以降は、戦闘が起こったためワウ・シルクの診療所は閉鎖されました。よって、以降はマラカルの2つの診療所の仕事に集中しました。

マラカル国連民間人保護区域に隣接するコンパウンドに住んでいましたが、ここにはMSF以外のNGOや国連機関のスタッフも多く住んでおり、彼らと毎晩のようにバレーボールをしたり、週末は一緒にご飯を食べたりパーティーをして楽しみました。責任が重かったり、情勢が不安定だったりと精神的に疲れることも多かったのですが、ストレスを発散できる機会があることに救われました。MSFやそれ以外の団体の外国人スタッフのオンとオフの切り替えの上手さには学ぶところが大きいです。

現地での住居環境について教えてください。

マラカル国連民間人保護区域に隣接するコンパウンド内のMSF宿舎は、常時15~20人の外国人スタッフが住む大所帯でしたが、私が来る少し前に住環境が格段に向上しました。各自コンテナの半分(3畳ほど)の個室があてがわれ、エアコンもありました。トイレ・シャワーは共同でしたが、驚くことにお湯シャワーも出ました。インターネットも、遅いもののWiFiも機能していました。

一方ワウ・シルクは、個室でしたがテントでエアコンはなし、トイレも水洗ではなく、シャワーも自分でバケツに水を汲んで水を浴びる「バケツシャワー」でした。インターネットはこちらもWiFiがありました。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

価格引下げにより多くの子どもが肺炎球菌ワクチンを接種できるように 価格引下げにより多くの子どもが
肺炎球菌ワクチンを接種できるように

この派遣前に携わっていた「必須医薬品キャンペーン」で、もっと多くの子どもたちに肺炎球菌ワクチンが接種できるよう、ワクチン価格の引き下げを訴えるアドボカシー活動に従事していました。

南スーダン駐在中に製薬会社が価格引き下げを発表し、駐在中にその肺炎球菌ワクチンの予防接種キャンペーンを実施できることになりました。このワクチンがフィールドに届くまでに「必須医薬品キャンペーン」チームが過去数年にわたりどんなに頑張ってきたかをよく知っていたので、このワクチンのありがたみをより一層感じながら、フィールドで子どもたちに接種しました。

MSFはフィールドのニーズを政策担当者や製薬業界に伝え、そのニーズが満たされるように働きかけるのみならず、フィールドでは責任をもってその成果をまっとうします。世界各国に向けた政策提言からフィールド・プロジェクト実施まで、一連の流れに従事できたことは、非常に幸運でした。また、このように上流から下流まで、一貫して成果を出せるMSFの強みを改めて感じました。

ただ残念ながら、肺炎球菌予防接種をワウ・シルクでしている最中に戦闘が近くに迫り、活動を中断、別地へ待避となりました。翌日には状況悪化により、ワウ・シルクの病院も閉鎖される事態となりました。

私は重症患者に付き添って車で待避地へ移動したのですが、その車窓から、何百、何千の住民が同じ方向に向かって歩いて逃げていくのを見ました。この人たちはもともと2013年12月の内戦でワウ・シルクに逃れてきた人びとです。その同じ人びとがまた家を追われている、この人たちは人生のうち何度逃げなくてはならないのか、と思うと、いたたまれない気持ちになりました。

紛争地での医療活動で、できる限りのことをやってはいますが、繰り返される戦闘により医療活動が中断され、2歩進んでは3歩下がるというような感覚を覚えました。紛争で一番苦しむのは、普通の人びとであるということを一層強く感じました。

今後の展望は?

フランス語圏アフリカでのフィールド派遣を目指して、フランス語を勉強中です。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

フィールドではいつも、現地スタッフが自立的に活動を続けていける体制を作ることが重要だと思っています。どうやって彼らのモチベーションを保つか?チームワークを円滑にするか?問題解決のやり方を改善するか?そんなことを考えながら仕事をしています。

いわば「役者」としての彼らの活動をいかに輝かせるかを考えるのがIECの「プロデューサー」的な役割です。大変難しいですが、そのぶんやりがいのある仕事です。人と関わり合う仕事がお好きな方にはもってこいの仕事だと思います。

MSF派遣履歴

派遣期間
2015年1月~2015年11月
派遣国
ナイジェリア
活動地域
ザムファラ州
ポジション
IEC
派遣期間
2014年2月~2014年11月
派遣国
イラク
活動地域
ナジャフ
ポジション
IEC

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