海外派遣スタッフの声

悪化する治安のなか地方プログラムを支援:森川光世

ポジション
財務コーディネーター
派遣国
イエメン
活動地域
サヌア
派遣期間
2010年9月~2011年7月

なぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

エチオピア・リベンでの体験談をご覧ください。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

エチオピア・リベンでの体験談をご覧ください。

今回参加したMSFの援助プログラムの目的と背景は? その中で、具体的にどのような業務をしていたのですか?

サヌアのオフィスでアシスタント2人と任務にあたる森川さん

北部のハラッドでは、国内の避難者を対象にした栄養失調プログラム、産科、外来、外科、心理ケア、入院患者のケアを行っていました。また、2010年から2011年にかけて3つの新しいプロジェクトを開き、同じく北部のラゼでも、保健省の病院の運営を補佐する形で支援に入りました。

南部ではハビラインという地域で保健省の病院の運営を担いました。外科手術や入院患者を受け入れることができるだけの設備が整っているものの、十分に機能していなかった病院です。

首都サヌアではHIV/エイズのケアを行い、保健省のスタッフに対して、HIV/エイズに関するステレオタイプを取り除くためのトレーニングを行っていました。

一方、2011年に活発化した「アラブの春」で、エジプトやリビアに続き、イエメンでも毎週のようにデモが起こり、サヌアやアデンの治安が悪化しました。現地では緊急事態に対応できるように準備をしていました。

ハビラインの病院の手術室

サヌアにはコーディネーション・チームが置かれ、イエメンの各地方のプロジェクトチームをサポートしています。また、イエメンでの活動全体の方向性を決める役割も担っています。

ファイナンス・コーディネーターは、コーディネーション・チームに属し、各プロジェクトから受ける財務に関する質問への回答、決断、指示を出します。また、全てのプロジェクトからあがってくる、経理のデータをチェックして承認をし、そうしたデータを元に、コスト分析や予算の立案・見直しもします。年次予算だけでなく、月々の必要経費の予測もたて、欧州本部からイエメンへの送金、およびサヌアから各プロジェクトへの送金も担当します。日々の物資の購入や注文に際し、予算に応じて承認をするのも重要な任務の1つです。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

派遣された当初は、世界遺産にもなっている旧市街地に出かけ、ショッピングや散策をすることが可能でした。しかし、2011年の2月ごろから政治情勢が不安定になり、外出に制限がかかるようになりました。それからは、アラビア語の勉強や室内での読書・映画などに限られました。

任期が10か月だったため、3か月ごとに休暇をいただいてイエメン国外に出ることができ、ヨルダンやドバイに旅行をしました。

現地での住居環境についておしえてください。

ハラッドの国内避難者用キャンプ

サヌアでの生活環境は恵まれていました。チームの6名で1軒の家を貸し切って生活していましたが、各自に部屋が与えられ、シャワーもお湯が出ました。食材もいろいろとそろいました。平日は現地スタッフが食事の用意をしてくれましたが、週末は自分達で調理することも楽しみました。

標高2500メートルの位置にあったため、最初の1週間は軽い高山病の症状として頭痛や息切れが起こることもありましたが、年間を通して過ごしやすい気候でした。

一方、ハラッドやハビランのプロジェクトでは、厳しい暑さの上、砂ぼこりにまみれる状態でした。シャワーはありますが、お湯は出ませんでした。食事も限られた内容になりがちなので、6週間に1回はサヌアで休憩できることになっていましたが、治安が悪くなってからはそれも中止となりました。

良かったこと・辛かったこと

4つもプロジェクトがあったため膨大な仕事量ではありましたが、それぞれ活動内容や状況が異なるプロジェクトを統括する立場として、とても面白く、やりがいのあるミッションでした。

サヌアでの政治情勢が不安定になってからは緊張感が高まりましたが、緊急事態に備えていろいろなシチュエーションを想定しました。空港が閉鎖される前にいかにスムーズに医薬品の通関手続きを済ませるか、銀行口座が凍結された場合の対処法を考えるなどさまざまなことに挑戦できたと思います。

ただ、いよいよサヌアでの爆撃が始まった際には、緊張感から不眠状態に陥り、自覚している以上にストレスを感じていたようです。それでも、チームリーダーが常にセキュリティの分析を行い、欧州本部と連絡をとりながら、国外退避のメンバーやタイミングを決断する体制を信じていたので、恐怖感はありませんでした。結果的に最後の1ヵ月は、私も国外退避をし、スペインのオフィスからメールと電話でチームをサポートすることになりましたが、任期満了まで働けたことに感謝しています。

派遣期間を終えて帰国後は?

ナイジェリアへの派遣後、日本に戻らず直接イエメンに入ったため、13ヵ月も日本から離れていることとなり、さすがに疲れました。次に自分に課すべきチャレンジは何なのかを考えつつ、少し長めに休憩したかったため、次のミッションまで5ヵ月、日本で過ごしました。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

イエメンは3回目の派遣でした。以前、MSFの日本事務局で勤務していたとはいえ、2009年に初めての海外派遣の機会を得るまでには数年かかりました。これは、日本事務局での経験が海外派遣先で求められる技能と直接結びつかなかったからです。

それなら求められるスキルを身につけようと会計の勉強をしました。他にも、海外派遣を目指して自分に必要なスキルを身につけるべく努力をしてきた仲間がおり、彼女達の姿勢にも励まされました。

海外派遣に関心をもつきっかけも道のりも、ひとりひとり異なるとは思いますが、自分自身の思いや目標を大切にしてください。

MSF派遣履歴

派遣期間
2011年12月~2012年3月
派遣国
エチオピア
プログラム地域
リベン
ポジション
ファイナンス・コーディネーター
派遣期間
2010年6月~2010年8月
派遣国
ナイジェリア
プログラム地域
アブジャ
ポジション
ファイナンス・コーディネーター
派遣期間
2009年5月~2010年3月
派遣国
スーダン
プログラム地域
北ダルフール、エル・ファシール
ポジション
ファイナンス・コーディネーター

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