特集 シリア内戦10年 連載「それでも、未来を信じて」

第4話 リーダーが抱えるジレンマ


多くの犠牲者が出た市場への空爆後、オープンしたばかりの病院にも危機が迫るように。リーダーとして、村田が決断した選択とは──。

内戦下のシリアで国境なき医師団(MSF)の活動を指揮した村田慎二郎が、困難と挑戦に立ち向かった体験をつづる全8回の連載です。
村田らが開設したアルサラマ病院は52床、スタッフ数およそ150人で、シリアでMSFが運営する施設としては最大規模だった。2020年に現地の団体へ委譲するまでに、54万件以上の診療を行った © MSF

「プロジェクトの閉鎖でも継続でも、シンジローが決めることなら、みんな従うと言っているよ。みんな、君を信頼しているから」

病院プロジェクトのコーディネーターから電話でこう告げられた時、私は(何てこと言ってくるんだ!)と胸の内で叫び、道端にしゃがみ込みました。リーダーとしての自分に課された責任の重大さに、押しつぶされそうになったのです。

近くの市場が政府軍によって空爆されて以来、私たちの病院の周りも砲撃を受けるようになりました。週に1回ほどロケット弾が飛んでくるのですが、ターゲットがこの病院なのか、それとも他の施設なのかは判然としません。スタッフのなかには、大きな爆発音や閃光、1キロ先でも伝わってくる衝撃を怖がる人もいました。危険が明らかに近づいている状況で、病院を継続するのか、あるいは病院を閉鎖して撤退すべきか──私は一刻も早い決断を迫られていました。

このまま続ければ、スタッフの身に深刻な結果をもたらすかもしれない。しかし撤退すれば、アレッポで増え続ける人道援助のニーズに応えられなくなり、救える命が救えなくなる。紛争のある地域で国境なき医師団のリーダーを務めるには、こういう選択をしなければならないのかと感じた瞬間でした。

悩みに悩みましたが、このジレンマから抜け出す道は、「第三の選択」にありました。欧州の事務局にいる軍事分析の専門家と話し合い、病院を防護壁で囲って安全強化を図ることにしたのです。

病院の周囲に防護壁を建設。ショベルカー調達から工事作業まで地元の人が協力 © MSF

高さ4メートルの土のうを重ねて高い壁を作る大変な工事でしたが、地域の人びとの全面的な協力により、3週間後に無事完了。ただこの防護壁は、地上から来る砲撃に対するもので、空からの攻撃には効果がありません。そのリスクを説明し、医療活動を続ける意思があるかどうかをたずねるため、スタッフ一人ひとりと個別の面談をしました。

3割ぐらいの人はやめてしまうかもしれない……。そんな私の予想は見事に裏切られました。100人ほどいる現地スタッフと十数人の海外派遣スタッフが、一人残らず全員「続ける」と言ったのです。国籍や民族、宗教もさまざまでありながら、チームは国境なき医師団という旗のもと、“アレッポの苦境にある人びとへ医療・人道援助を届けたい”という思いで一致していました。昨年までの内戦下の8年間、この病院が続いてきたのは、この時共に乗り越えようとしてくれた彼らのおかげです。支えてくれた仲間には、本当に感謝の気持ちしかありません。(つづく)

アルサラマ病院を土のうで囲む様子。以降、砲撃によって患者やスタッフの安全が脅かされることはなかった © MSF

村田慎二郎(むらた・しんじろう)

大学時代は政治家を夢見ていた。静岡大学卒業後、外資系IT企業に就職。営業マンとして仕事のスキルを身につけると、「世界で一番困難な状況にある人のために働きたい」と会社を辞め、MSFに応募。最初の派遣が決まるまでの1年半は、大の苦手だった英語の勉強をしつつ、日雇バイトで食いつなぐ。

南スーダン、イエメン、イラクなどでロジスティシャンや活動責任者として10年ほどMSFの現場経験を積む。

シリアでは内戦ぼっ発の翌年2012年から2015年まで、延べ2年にわたり現地活動責任者を務める。この経験が大きな転機となり、米ハーバード大学大学院へ留学。2020年8月、人道援助への理解を日本社会でより広めるべく、日本人初のMSF日本事務局長に就任。1977年三重県生まれ。性格は粘り強く、逆境であればあるほど燃えるタイプ。

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  • 認定NPO法人である国境なき医師団日本への寄付は、税制優遇措置(寄付金控除)の対象となります。

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「独立・中立・公平」を原則とし、人種や政治、宗教にかかわらず、
命の危機に直面している人びとに、無償で医療を提供しています。

国境なき医師団は、民間で非営利の医療・人道援助団体です。紛争地や自然災害の被災地、貧困地域などで危機に瀕する人びとに、独立・中立・公平な立場で緊急医療援助を届けています。現在、世界約70の国と地域で、医師や看護師をはじめ4万5000人のスタッフが活動(2019年実績)。1971年にフランスで設立し、1992年には日本事務局が発足しました。また、活動資金の9割以上は、民間からの寄付によって賄われています。

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