国境なき医師団(MSF)の診療所には、毎日たくさんの患者さんがやってきます。
自国の医療に役立とうと働いている、大勢の現地スタッフもいます。
そして、その一人ひとりに、家族や友だちがいて、いろいろな夢や大切な思いがあります。
報道の光があたることの少ない、そんな人びとのストーリーをシリーズでご紹介します。

右腕を失った少女は、家族に見守られてこれからも成長していく
ニアジュバちゃん(5歳)

紛争が続く南スーダン。ニアジュバちゃん(ニアちゃん)は自宅近くで遊んでいる時に銃撃戦に巻き込まれました。流れ弾が右腕にあたったのです。大量の出血で意識を失ったニアちゃんを2晩かけて探し出したのは、ニアちゃんのお祖母さんでした。

空路で首都ジュバにあるMSFの病院に搬送されたとき、ニアちゃんの命を救うには、壊死しかかっている右腕を切断するしか方法がありませんでした。医療チームにとってもつらい決断でした。紛争下のこの国で、片腕で生きること……。ニアちゃんの両親は悩みましたが、それでも、「娘を亡くしてしまうより、右腕をなくしていても成長する姿を見たい」と手術に同意しました。

一命をとりとめたニアちゃんは、大手術から1週間後、カメラに向かって笑顔を見せてくれました。

2016年9月取材

心に傷を負った妊婦の願いは、赤ちゃんを抱くまで家には帰らない!
シンデビー・ウェダさん(30歳)

エチオピア ・デナン郡内の遊牧民の村で暮らすシンデビーさんは、これまでに自宅での出産時に2人の赤ちゃんを亡くしています。 そのため、3度目のお産はなんとしても成功させたいと願って、トラックの荷台で半日揺られて250km離れた町の病院に向かいました。

しかし、念願の病院での診察の後、助産師から「予定日はまだ先なので、いったん自宅に戻るように」と告げられてしまいます。ショックを受けたシンデビーさんは、「元気な赤ちゃんを抱くまで病院を出ません!赤ちゃんを抱かずに帰るなんてできません!」と訴えました。

シンデビーさんが過去の出産で、深い心の傷を負っていると知った助産師は、MSFの「プレママ・ハウス」に行くことをすすめました。「プレママ・ハウス」は、遠方から来院する妊婦さんのためにMSFが病院近くに建設した滞在施設です。そこで7日間を過ごしたシンデビーさんは、 元気な男の子を出産して、わが子との念願の添い寝を果たしました。「とてもうれしいです。みなさんひとりひとりに感謝しています」

2015年2月取材

サッカーが大好きな少年は22回の手術に耐えた
アーマド・カリファくん(15歳)

イラクに住んでいたアーマド君は、通学途中で重傷を負いました。通っていた学校の数m先に止まっていた車が突然、爆発したのです。一瞬で炎に取り囲まれたアーマド君は、顔や首、両腕などあちこちに重度のやけどを負ってしまいました。

今、アーマド君はイラク国内では不可能な専門的な外科治療を受けるため、隣国ヨルダンの首都アンマンにあるMSFの再建外科病院にいます。アーマド君がこの病院に来てから4年、その間に22回の手術を受けました。治療はこれからも続きますが、アーマド君は笑顔で語ります。

「この病院は僕にとって第2の家です。患者さんたちとも仲良くなって、イラクにいたときよりもたくさん友達ができたよ。みんなで集まって、テレビでサッカーの試合を見る時間がとっても楽しい。僕はレアル・マドリードのファンなんだ。これからも応援し続けるよ」

2015年8月取材

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