海外派遣スタッフの声

ペンは剣よりも強し!命を救うかけがえのない経験:安西 兼丈

ポジション
外科医
派遣国
イエメン
活動地域
アデン
派遣期間
2015年6月

なぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

2015年1月にパキスタンでの活動に参加したばかりだったので、家庭や仕事を優先しようとしていた矢先、不安定な状況下のイエメンのアデンで緊急プログラムがあり、派遣を打診されました。

出発1ヵ月前から急きょ、勤務先の外来予約を調整し、医局のコンセンサス(同意)を取りながらタイミングをはかり、今回の活動に参加しました。もともと、勤務先病院との合意で1年間で1ヵ月間の海外援助活動に参加できる環境にあり、非常に恵まれていました。

派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

現地の子どもたちにボールペンをプレゼント 現地の子どもたちにボールペンをプレゼント

現地のプログラムの内容をみながら、特に補ったほうがいいスキル(英語、紛争負傷者の外科治療の勉強)などを、勤務先の病院で手術に参加させてもらうなどして準備しました。

また、ATOMコース(Advanced Trauma Operative Management:外傷外科トレーニングコース)にも参加して、スキルを身につけました。現地のスタッフや患者(子ども)にあげるプレゼント(ボールペン)を用意していきました。毎回、ボールペンをあげることには意味があり、あげる時に、「The pen is stronger than the sword!(ペンは剣よりも強し)」といって渡します。どんな顔をするかいつも楽しみです。

今までどのような仕事をしてきましたか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

パキスタンでの活動を数ヵ月前に経験していたため、準備など思い返さずともでき、スムーズに心の準備もできました。イスラム圏での文化をさらに細かく勉強して参加しました。派遣が連続すると、心の準備もしやすいと感じました。回数を重ねるごとに自信がついていくのがわかります。システムや流れ、MSFの構造など、理解が深まってきました。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

空爆の煙が立ち込めるアデンの町 空爆の煙が立ち込めるアデンの町

イエメン南部アデンでの外傷外科プログラムでした。24時間対応の救急外来でたくさんの外傷患者が運ばれてきます。この国では内戦が起きているので、病院の近くでも夜間、爆弾が投下され、たくさんの患者が運ばれてきます。その中で、患者さんを素早く評価して、トリアージ(※)しなければなりません。緊急手術が続き、かなりタフな活動ですが、やりがいは大きく、かなり充実していました。

症例としては、銃創や地雷の爆傷などの緊急手術4割、整形・形成外科が3割(骨折の整復、腱の修復、四肢の切断)、胸腹部一般外科が2割(交通事故・銃創・刺創、消化管手術など)、その他2割(気管切開、心臓・肺・血管の修復など)でした。

血管外傷がこれまで経験したMSFのプログラムより多く、大伏在静脈を使ったバイパス術を行わなければならない症例が多くみられ、1週間に5例もの血管修復やバイパス術をしました。

私は血管外科医でもあり、医療コーディネーターから、現地の若手医師に「外傷における血管損傷の対応」などをレクチャーしてくれと頼まれ、実施しました。ここでは、集団災害対策(MCP:マスカジュアリティー・プラン)の実施の際に、どのように患者をトリアージして、血管損傷を見分け、適切な処置をどのように行うのか、というアルゴリズムを説明しました。

  • 重症度、緊急度などによって治療の優先順位を決めること

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか? また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

外科医は手術のレポートも作成する 外科医は手術のレポートも作成する

朝、ICU(集中治療室)とIPD(入院病棟)の回診があり、その後にデブリードメント(※)の予定手術を行います。医療コーディネーターが、夜間のオンコール表を作成してくれていますが、ほぼ、毎日サポートを求めるコールがかかり、呼ばれている状態でした。

また、マスカジュアリティーが頻回にあり、優先順位を考えながらすばやく対応しておりました。毎日、朝まで手術している状態で、完全に休暇をとれる日はありませんでした。

  • 感染を起こした傷や壊死した組織の切除

現地での住居環境についておしえてください。

病院敷地内に海外派遣スタッフの住居があり、8人ぐらいの共同生活でした。6月のアデンは、日中は40度以上に上昇しますが、部屋のエアコンもつかないことがあり、手術室で過ごしていました。

夜も、電気の供給の問題なのかエアコンが止まることがあり、暑すぎてねむれないことがありました。シャワーは冷水が出ず、気温が高すぎて温水みたいな状態になっていました。

トイレの水を使いすぎると無くなって流れなくなってしまうので、最初に水の量を確認して用を足していました。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

ジブチとアデンの間は赤十字国際委員会とMSFの共同船で航行 ジブチとアデンの間は赤十字国際委員会と
MSFの共同船で航行

到着早々、「血管外科医がきた!」と現地の期待が大きく、いろいろ教えてくれと言われました。最初からかなり期待のハードルが高かったと思います。

患者が出血性ショックで運ばれてきても、血管外傷では再建や修復をすることができ、幸い切断にならずに済むことが多く、「来てくれてよかった」と喜んでもらえ、血管外科医の冥利につきました。今回は、一度に多くの負傷者が運ばれてくるマスカジュアリティーの状況が非常に多く、現地のスタッフとゆっくり時間が取れなく残念でした。

また、情勢が非常に不安定で、なぜこんなに銃や爆弾で受傷する人が多いのか、考えさせられました。10歳の子どもが銃でうたれ、かなりひどい腸管損傷で人工肛門を造設しなければなりませんでした。作ったとしても、誰がこの状況下で人工肛門の閉鎖をしてくれるのか、という疑問があり、非常に複雑な思いをしておりました。

また、ジブチ共和国からアデンには船で入りましたが、なかなか入国許可が下りず、6日間も足止めとなり何もできない悔しさがありました。一方、アデンに着いたら着いたで、今度は予定通りに帰国できない可能性も出てきたため、帰国後の日本での仕事の心配もありました。

今後の展望は?

帰国後翌日から、勤務先での通常勤務に戻っています。勤務先と相談しながら、1年間に1ヵ月間という貴重な時間を利用して、派遣に参加したいと思います。また、将来、国境なき医師団に興味を持ってくれている医師たちが活動に参加できるように、経験を伝えていきたいと思います。国境なき医師団のイベントにたくさん参加して、恩返しをしたいと考えています。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

やはり、日々の診療姿勢が重要で、自分の専門だけでなく、百聞は一見にしかずで、いろいろな手術を意識して見ておくことや、また、多様性を尊重できるような姿勢が必要です。チームにもいろいろな人がいます。海外から来るスタッフもいろいろです。そんな中で、すべてを受け入れられるような大きな心(鈍感力?)が必要です。

検査器具も整っていない状況で信じられるのは、自分の手の感覚と今までの経験です。それらは、毎日を意識して過ごす事で成長できると思います。

日本で培った医療技術を世界で生かし、提供することができ、1人でも命を救う事ができるというのは、かけがえのない経験です。一針一針縫合する姿勢は、現地のスタッフにも届きます。是非、かけがえのない貴重な経験をしてほしいと思います。

MSF派遣履歴

派遣期間
2014年12月~2015年1月
派遣国
パキスタン
活動地域
ハングー
ポジション
外科医
派遣期間
2012年10月~2012年11月
派遣国
イラク
活動地域
キルクーク
ポジション
血管外科医
派遣期間
2010年7月~2010年8月
派遣国
ナイジェリア
活動地域
ポートハーコート
ポジション
外科医