海外派遣スタッフの声

現地の息吹を肌で感じた援助活動:的場 紅実

ポジション
薬剤師
派遣国
イラク
活動地域
モスル
派遣期間
2017年10月~12月

国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

MSFでの仕事は毎回面白いです。前回の南スーダンの派遣後、休憩期間をとって次の仕事を探していただきました。

派遣までの間、どのように過ごしましたか?どのような準備をしましたか?

前回派遣後に、MSFアメリカが主催する、難民をテーマにした展示イベントへ参加する予定だったのですが、ビザ取得に時間を要し結局参加を辞退しました。渡米を諦めてすぐに今回の派遣が決まりました。

今回の派遣地イラクのクルド自治区は、2017年9月25日に実施した国民投票でイラクからの独立の意思を採択しました。この結果を受け、イラク政府は制裁の一環としてクルド自治区にある国際空港の国際便の発着を停止しました。

そのため、イラク北部へ渡航予定だった私たちは、試行錯誤の末トルコを経由してイラク北部へ渡航することになり、実際に任地へ着くまでにも時間を要しました。

自宅での準備としては、遅々として進歩のない…フランス語の勉強や麻酔薬、手術用具の情報などの知識を深めました。

過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか?どのような経験が役に立ちましたか?

毎回ながら、すべての経験が役に立ちます。今回、イラク派遣は2度目でしたので、冬の厳しさへも心構えができていました(笑)。

今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

薬局チームとともに 薬局チームとともに

かつてバグダッドに次ぐイラク第2の都市であったモスル市は、2014年から3年間、過激派組織「イスラム国」の支配下にありました。2016年10月、イラク政府軍はイスラム国からのモスル奪還を目的とした武装攻撃を開始し、長期にわたった戦いは2017年6月に終わりましたが、イスラム国の最後の砦となったモスルの旧市街地は徹底的に破壊されました。

もともと300万人いたモスル市民の多くは避難民となり、近郊の難民キャンプや近隣国へ難民として逃れ、旧市街地にとどまった市民の多くは激戦の犠牲になりました。

私たちのチームは2017年6月にモスル旧市街地の一画に病院を開設しました。着任当初の私の任務は、新任の薬剤部責任者のコーチ・サポートでした。

シリア出身のそのスタッフは5年前に難民となり、歩いて国境を越えてイラクに入国し、MSFの薬剤部責任者にまでなった叩き上げで、有能な人でした。責任者はイラク内のプロジェクトの医薬品をマネジメントする必要があるのですが、シリア国籍で難民の彼はモスルへの自由な移動が許されず、モスルの病院の薬局へはマネジメントが行き届かず、薬局の内情は不透明な状況でした。そこで、チームで話し合い、私がモスルに駐在し、モスルの病院の薬局を軌道にのせる業務に専念することになりました。

薬局の拡大業務も行った 薬局の拡大業務も行った

開院当初のMSFモスルの病院は、爆撃や戦闘による外傷・負傷者に対応できる手術室を備えた病院でした。私が派遣された10月には、地域の需要に対応するため産婦人科、小児科、救急救命(ER)中心の病院へ切り替わる過渡期でした。サービスの転換と同時に冬の訪れが重なり、毎週のように患者数は増えていきました。

私の任期は2ヵ月と限られており、離任後はイラク人薬剤師に任せることになっていました。医薬品の確保、発注、院内への薬剤供給ルールの整備をしながら、イラク人薬剤師2人へMSFの薬局マネジメントを短期特訓しました。首都のコーディネーション・チームにいる薬剤部責任者と毎日密に連絡を取りながら、必要な医薬品が不足しないよう調整しました。

一方、イラク北部の情勢は、モスル奪還後も不安定で、先にあげた国民投票の結果、イラク政府軍とクルド軍の衝突が起こり、イラクとクルド自治区の国境が移動しました。そのため、人・物の移動移送の許可を得る手続きも変わり、医薬品の輸入、入手、配送が予測不可能になりました。コーディネーション・チームを含め、チーム全体で情勢を注視し、病院を安全に滞りなく運営できるように努めました。

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

毎朝6時55分にスタッフ全員でのミーティングがあり、7時15分には2つのチームが4台の車に分かれて病院へ出発します。東モスルにある病院へ到着するまでには、武装した兵士が待機する無数のチェックポイントがあり、足止めされることもありました。

私たち外国人派遣スタッフは、午後4時には病院を発ち、また1時間ほどかけて住居のある地区へ戻ります。オフィスへ戻ってからは、各自、自分の事務仕事をしたり、身体を休めたりしました。

休みは金曜日のみで、その日は午前中遅くに起きだして、なんとなくみんなでブランチを作ります。ケーキを焼いたり、クレープを作ったり、サルサがあったりします。午後は部屋の壁に映画を映して見たり、カードゲームをしたりしてのんびり過ごします。寒くないうちは、屋上にマットを敷いて本を読んだりしました。

歩くことが許されているのは、家とオフィスの間のみで、車で行くことができるのも地元のマーケットのみでした。私は朝30分ほど早く起きて、簡単なヨガをしていました。夜明け前です。

現地での住居環境について教えてください。

イラクの食べ物はとても美味! イラクの食べ物はとても美味!

モスル市郊外の比較的安全な地域で、もとは一般市民が暮らしていた家を借り受けてオフィス、住居として使用していました。以前はイスラム国に支配されていたこともあり、破壊されている箇所や銃弾の跡が残る家もありました。

私はメキシコ人の医師と部屋をシェアしていました。暖房があり、温かいシャワーも出るし、食事も美味しかったです。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

毎朝、「浮く橋」を使って移動 毎朝、「浮く橋」を使って移動

ほとんどの現地スタッフがモスル出身で、3年間イスラム国の支配下を生き抜いた人たちでした。

イスラム国の残酷さ、非道さは、想像を絶するものでした。あるスタッフは、この3年間で21人の友人を失ったと言います。薬局のスタッフが経営していた薬局は破壊され車は焼かれ、無一文となって他の土地へ逃げたそうです。事務部のスタッフは、夜遅くまで働いて帰宅すると今でも70代の父親が心配するといいます。時間通りに家族が家に帰らないことの意味が、恐ろしいことを暗示する経験をしているのです。

毎朝毎夕、西モスルからチグリス川にかかる「浮く橋」を渡り、東モスルの病院へ通勤します。チグリス川に架かっていた5つの橋はイスラム国を鎮圧する過程で連合軍によってすべて破壊されてしまいました。イラク政府は、大型ブイを活用した文字どおりの「浮く橋」を即興で作り東モスルと西モスルをかろうじてつないだのです。

日々、人が大荷物を抱えて街へ戻ってきたり、新しく屋台がオープンしていたり、道がきれいに片づけられていたり、悲惨な光景の中にも市民の息吹が感じられワクワクしました。彼らの痛みや苦しさを助けてあげられるわけではないけれど、「がんばれ、がんばれ」と念じます。このワクワクは、変化と勢いに富んだ日々の仕事に通じるものがありました。現場にも「最悪の時は過ぎたはず」という前向きな雰囲気がありました。

感激したのは、現地スタッフの優秀さ!偶然にも、1年前のイラク派遣時に私が採用した現地スタッフに再会しました。1年間の経験を経て、彼はプロジェクトになくてはならない人財になっており、私もとても誇らしく感じました。イラクは本当に、戦争さえなければ、文化も教育も極めることができる土壌です。このプロジェクトで働く外国人派遣は私が最後です。自分の国のために、優秀な現地スタッフがしっかりやってくれるはずです。

今回は2ヵ月間と短い派遣でしたが、久しぶりに首都を拠点にしたコーディネーション・チームではなく、がっつりフィールド=病院で働くことができ、嬉しかったです。帝王切開や出産の現場に立ち合わせてもらったり、医療チームと議論をしあったり、目の前に患者さんがいる状況で次々と出てくる問題を、いろいろな人を巻き込みながらなんとか解決していきます。

何よりも現地スタッフと一緒に多くの時間を過ごし、信頼しあい、尊敬しあうことができました。イラク国籍であること、シリア国籍であること、クルド人であること、日本人であることで、それぞれが享受する運命を受け入れる、ということを肌で感じました。

今後の展望は?

先のことはわかりませんが家族が元気なうちは、海外で人道援助の仕事をしたいと改めて思いました。派遣活動では、毎回フツフツと思うところがあり、人としても薬剤師としても課題がたくさん見えてきます。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

料理や音楽やスポーツなど、言語以外の創造する力は世界に通じます。人間として大切なこと、人道援助に従事するものとして大事なことも、世界共通です。言語は仕事をする上で必須です。

MSF派遣履歴

派遣期間
2017年1月~8月
派遣国
南スーダン
活動地域
ジュバ
ポジション
薬剤師
派遣期間
2016年11月~2016年12月
派遣国
イラク
活動地域
エルビル
ポジション
薬剤師
派遣期間
2016年4月~2016年9月
派遣国
フィリピン
活動地域
マニラ
ポジション
薬剤師
派遣期間
2014年9月~2015年3月
派遣国
ウガンダ
活動地域
アジュマニ
ポジション
薬剤師
派遣期間
2014年1月~2014年8月
派遣国
マラウイ
活動地域
チラズル
ポジション
薬剤師