海外派遣スタッフインタビュー

医師高橋 健介(内科医、疫学専門家)

度胸と臨床力が身につく
国境なき医師団は貴重な経験。
日本の医師も気軽に参加できる社会へ

中学時代から途上国医療への憧れを抱いていたという高橋医師。「臨床力を磨き、幅広く活躍できる内科医になりたい」との思いから、国内の離島病院や海外の研究拠点での経験を積極的に積んだ。エボラ出血熱の流行を機に、国境なき医師団(MSF)の活動へ。「日本からももっと気軽に参加してほしい」と胸の内を語った。

学生時代

「自分もプロにならなければ」と痛感

エチオピア大飢饉をテレビで見たことをきっかけに、途上国で働きたいと考え、医師を志しました。中学生でした。

弘前大医学部に入ってからは、バックパックを背負って海外を旅しました。ジャマイカの公衆衛生プロジェクトや、カンボジアの難民キャンプも訪れました。アジア医学生連絡協議会などを通じ、国際協力に興味がある医学生や看護学生とのネットワークをつくりました。

転機は2001年の米同時多発テロ。空爆によりアフガニスタンから隣国パキスタンに大量の難民が流れ込んでいました。日本のNGOの依頼を受け、ダンボール5箱分の古着や毛布を持って、1ヵ月ほど難民キャンプへ行きました。

現地で、自分の無力さを感じました。一方で、WHOや国連機関などの大きな組織がプロフェッショナルとして働いているのを目の当たりにしました。「自分もプロにならなければ」と痛感し、医師として貢献したいという思いが強まりました。

大学卒業後の進路

べトナムの研究拠点から離島の病院まで

内科医の道を選び、八戸市民病院で研修して、臨床力をつけました。循環器内科を専攻し、一時はこの道を極めることも考えました。ただ、一人前になるのに10年ほどかかり、その後に海外支援を目指すのは待てないと思いました。そこで医師を志した原点に戻り、日本で唯一の熱帯医学研究所がある長崎大へ移りました。

同研究所は、臨床と研究と国際協力ができる数少ない施設で、ベトナム、フィリピン、ケニアなどの拠点で研究しながら、国内で臨床医として働くことができました。

専門は感染症と呼吸器内科でした。同大へ移った2009年、新型インフルエンザが大流行。ベトナムの研究拠点で3ヵ月間この研究に携わりました。その後2011年から大学院の研究テーマとして、現地に1年半滞在して疫学を研究した経験は、MSFの派遣でも生きました。

また、長崎大では離島病院も経験し、総合診療力を身につけました。この経験も国際協力の現場で生きています。

MSF参加のきっかけ

日本では珍しい病気にも対応
エチオピアは貴重な経験に

2014年にエボラ出血熱がギニア、リベリア、シエラレオネなどの西アフリカ諸国で大流行。危険性が高く、現地から撤退する団体も多いなかMSFは前線に残り続けていました。私も感染症をみる者として何かしたいと思い、MSFへの登録を決心しました。

当時、エボラ緊急援助活動に大勢の医師を派遣していたため、MSFの他の現場は人手不足に陥っていました。そのため初回派遣は、南スーダンから30万人もの難民が到着していたエチオピアに決まりました。

総合内科医としての任務でしたが、現場では「なんでも屋」です。病院のキャパシティはオーバーし、食糧状況も当初は悲惨な状況で、栄養失調児も多かったです。子どもを中心に、あらゆる患者が来ます。けんかをして斧で頭を切りつけられた人もいました。内科以外の症例も診ることで、度胸もつきました。マラリアや内臓リーシュマニアなど、日本では診られない病気を扱えたことは貴重な経験でした。

MSFはロジスティクスやアドミニストレーションなど非医療スタッフのバックアップ体制がしっかりしており、自分の業務に専念できるのが心強かったです。雨期でマラリア患者が増え、病院が満床になったときも即座に新たなベッドを手配してくれ、1週間後には20床の病棟が増設されました。

難民の小児患者を診る高橋医師(エチオピア)

セキュリティとバックアップ

安全に活動 専門機関からアドバイスも

2度目の活動地はリベリアでした。原因不明の病気で子どもが次々に亡くなっているとの報告がエピセンター(※MSFの活動地で得られた医学的情報の分析や調査研究報告などを行う科学・疫学研究組織)から入り、原因を調べる疫学調査のために赴きました。

エピセンターと頻繁に連絡を取り、進捗状況を報告したりアドバイスをもらったりできました。セキュリティの面では、エチオピアでもリベリアでも安心して活動でき、生命の危険を感じることは一度もありませんでした。

今後の展望

気軽にMSFに参加できる環境を作りたい

長崎大が後押ししてくれてMSFの活動に参加できました。大学側が医師を海外に送り出したいと思ってくれていることは、とても大きいです。

欧米ではMSFの経験が評価されるので、キャリアのために来る人もいますし、時間ができたからと気軽に参加する医師もいます。日本の場合は職場の理解を得られずに断念する医師も多いのが現状です。しかし、海外では何でも診ないといけない分、特に地域医療やへき地医療などの現場では大いに役立ちますし、とても重宝されます。日本でも若い世代がもっと海外に行けるような環境作りに貢献したいです。

かけがえのない仲間との出会いも

キャリアパス

2006年
弘前大学医学部卒業
2006年
八戸市立市民病院 初期研修
2008年
八戸市民病院 循環器科 後期研修
2010年
長崎大学大学院入学 上五島病院内科勤務
2011年
長崎大学熱研 ベトナム拠点勤務
2013年
井上病院勤務(6ヵ月)、長崎大学熱研内科
2014年
MSF約4ヵ月間エチオピアで総合診療医として活動
2015年
MSF約1ヵ月半リベリアで疫学専門家として活動
2015年
長崎大学地域包括ケア教育センター 助教
2016年
長崎大学病院 救命救急センター 助教
2018年
長崎大学病院 感染症内科 助教・医局長

※掲載内容は取材当時のものです。

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