やけどで傷つく子どもたち—家庭で何が起きている?

2018年03月15日掲載

料理や入浴など、日常生活の中では子どもたちが危険な目に遭うことがある。パレスチナ・ガザ地区で暮らす人びとにとって、それは日本で想像するよりはるかに深刻だ。国境なき医師団(MSF)がガザで運営する3つの診療所では、酷いやけどや怪我をした患者に、リハビリや形成外科のケアを行っている。ここで治療を受けている患者の6割が15歳未満の子どもたちで、多くが家庭内の事故で怪我をしている。ガザの家庭で、何が起きているのか?

もうお茶を沸かさない—シャヘドちゃん(1歳3ヵ月)

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2017年11月のある日、シャヘドちゃんの家では親戚を招いていた。ガザでは誰もが経済的に苦しい状況で、シャヘドちゃんの両親もガスボンベを買うお金がなく、焚き火で料理をすることにした。みんなで火を囲んでいるとき、シャヘドちゃんの肘が火にかけていたやかんにあたり、沸いていたお茶が、シャヘドちゃんの両脚と背中、胸に降りかかった。

シャヘドちゃんは1ヵ月半、病院で治療を受けた。病院には同じような事故で怪我をした子どもたちが大勢いた。多くが、シャヘドちゃんと同じように熱い液体でやけどを負っていた。

小さな家で身を寄せ合って暮らすガザの住民にとって、食事やお茶は楽しいひと時を分かち合う貴重な時間だ。でもシャヘドちゃんの家では、この事故以来、お茶を沸かさなくなった。

痛みに耐えて治療し、勉強では最高点も—アスマちゃん(6歳)

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ガザで暮らす多くの人びとと同じく、アスマちゃんの家に水道設備や暖房給湯設備はない。その日、家族がシャワーを浴びるためにお湯が沸かされていた。床にこぼれたお湯が電気ソケットに触れて感電し、アスマちゃんはそのお湯で手に酷いやけどを負ってしまった。

「すごく痛かった。家族みんなに聞こえるくらい大声で叫んだの。水から手が離れなかった」

アスマちゃんは手術を受けたが、3ヵ月間は手を動かすことができなかった。MSFの診療所を紹介され、5ヵ月にわたり看護師と理学療法士とともにリハビリに励んだ。アスマちゃんは「今はひとりで服も着替えられるし、髪もとかせる」と語る。「右手が動かないときは、左手で字を書く練習をしたの。学校の勉強が遅れないようにね。痛みはあったけど、全教科で最高点を取ったの!」

電力が使えるうちに急いで—ウサイドちゃん(1歳2ヵ月)

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ガザでは、電力も制限されている。1日に4~6時間、たいていは夜しか使えない。多くの家庭で、その短い間に急いで家事をする。ウサイドちゃんの家でも、料理や洗濯などの家事を同時にこなしている。

ある日、ウサイドちゃんの母親は電気フライパンでパンを焼き、電源を切って急いでキッチンを離れた。電力があるうちに、他にもやらなければいけないことがたくさんある。運悪く、この時ウサイドちゃんがキッチンに入ってきて、まだ熱いフライパンの上に両手を置いてしまった。

MSFの診療所に運ばれたウサイドちゃんは、看護師と理学療法士のケアを受けて、2ヵ月後に退院した。やけどした手は、事故の前と変わらないほどよくなった。ウサイドちゃんの祖母ははっきりと言う。「うちではルールを作りました。子どもたちが近くにいるときは、キッチンでは何もしない。外で泣いていても、中で怪我するよりはましです」

事故の衝撃が今も心に—ラムジくん(6歳)

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2017年10月。ラムジくんの家では、ヨルダン川西岸地区からやってきた叔母との再会を祝うパーティーが開かれていた。2007年から封鎖されているガザでは、境界を越えた出入りがイスラエルによって厳しく制限されている。ガザには約200万人が暮らしているが、2017年1~6月に境界線を越えて移動したのは1日あたり240人しかいない。

居間で熱々のスープが調理され、大きな鍋が床に置かれていた。近くで遊んでいたラムジくんは、後ろ向きのまま鍋にぶつかると、熱いスープ鍋の上に転んでしまった。「食事どころか、皆で一緒に病院に行くことになってしまいました」。ラムジくんの母親は言う。

ラムジくんはMSFの診療所で治療を受けた。清潔なドレッシング材でやけどの傷を覆い、理学療法も受けた。しかし、ラムジくんの心にはまだ大きな傷が残っている。以前よりも反抗的で頑固な態度で、家族の注意を引きたがるようになった。学校も1学期休んでいる。戻るころには元の性格を取り戻してくれる…ラムジくんの母親はそう願っている。

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