イラク:テントの床から分娩室へ——シリア人難民に安全なお産を

2018年01月25日掲載

難民キャンプの中でも日々新しい命が誕生している 難民キャンプの中でも
日々新しい命が誕生している

助産師のアブラ・アリは必死の思いでテントの床に身をかがめた。赤ちゃんの肩がつっかえてしまい、母親は何時間も大変なお産に苦しんでいたのだ。最先端の医療器具も助けてくれる人もなく、あるのは自らの両手だけ。全力を注ぎ、ようやく小さな赤ちゃんをこの世界へと引っ張り出した。

難民キャンプで出産を助ける

自身も難民のMSF助産師アブラ 自身も難民のMSF助産師アブラ

2013年、アブラはイラク北部のドミーズ難民キャンプに逃げてきた。故郷シリアの町で戦闘が発生し、家族とともに国を離れた。隣の家は爆撃で倒壊し、中にいた隣人は全員亡くなった。

アブラはこう振り返る。家族が無事なのは幸い。でも、キャンプでの暮らしは大変だった、と。

「基礎的な公共サービスが無く、トイレも、水も手に入りませんでした。寒くて、雨が降っていました。寝泊まりすることになるテントを一見して、とてもつらく思いました。家族皆で何とか耐えようとしました。でも、妹はひどい状況に1ヵ月も泣き通して、帰国したがっていました。ダマスカスに戻れば、命はなかったでしょうけれど……」

アブラはシリアで助産師の課程を修了しており、すぐにキャンプで仕事を得た。テントで出産する女性の介助だ。妊婦は遠くの病院まで行けない。

テントでの出産でも大きな問題はなかった。分娩合併症に直面するまでは。

「赤ちゃんの肩がつっかえてしまったときのように、分娩中に産婦さんに問題が発生するといつも大変でした。持てる限りのもので最善を尽くしたうえで、赤ちゃんが生き延びてくれることを祈るしかなかったんです。難産の後は、介助のせいで両手両腕が動かせなくなることもありました」

安全に赤ちゃんを産める環境に

簡易だがセメント造りになったキャンプの住宅 簡易だがセメント造りになったキャンプの住宅

アブラが避難してきた当初から、ドミーズ難民キャンプは大きく変わった。2018年現在、キャンプには3万人余りのシリア人難民が暮らしている。生活は相変わらず厳しいが、環境は改善した。テントは金属板で覆われた簡素なセメント住宅に置き換わり、仮設の喫茶店が温かいシリア料理を出し、じゅうたんの店が埃っぽい路上に商品を並べている。

女性が出産するのも、もうテントの床ではない。国境なき医師団(MSF)は2013年に産院を作り、キャンプの女性たちはここで安全に赤ちゃんを産み、その前後のケアも受けられるようになった。

MSFの産院で最初に出産した母親ショラシュさん(29歳)は、分娩を手伝った助産師たちに感謝の気持ちをこめて、赤ちゃんを命名してもらった。付けられた名前はイスラ。その後、ショラシュさんは同じ施設でシファちゃんを産んだ。

ショラシュさんは「近所の人から産院のことは聞いていて、MSFスタッフも訪ねてきて開設を知らせてくれました。対応はとてもよくて、お世話になっています」と語る。

「妊娠中から出産、産後を通じて、戸別訪問をして健診と経過観察をしてくれました。赤ちゃんに問題がないか知りたかったので、ありがたかったです。何よりもまず、産院は全て無償なので、皆、別のところに行ってお金を払うよりも、こちらに来るんです」

質の高い出産介助で信頼を得る

生まれて9日目の赤ちゃんを診るMSFの助産師 生まれて9日目の赤ちゃんを診るMSFの助産師

この4年間、MSFは3400人余りの赤ちゃんの誕生を介助し、2万7400件余りの婦人科診療をしてきた。アブラはMSFの助産師として産院で働き始め、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)のスーパーバイザーとなった。自身の子どももこの施設で産んでいる。

アブラは「私たちは女性を対象に、妊娠初期から産後まで総合的に質の高い医療サービスを提供しています。スタッフはキャンプの居住者で同じシリア人なので、女性たちも安心でしょう。産院で予防接種を行うドホーク県保健局とも良好な協力関係にあります」と語る。

「自分の子どもの出産で来院するのは少し恥ずかしかったですね。でも、ここは清潔ですし、スタッフは信頼できますし、安全です。助産師として一番嬉しいのは、お母さんたちから感謝されることです。キャンプで通りかかった私を呼び止めて、子どもたちに『この人はアブラさんといって、優秀な助産師で、あなたを取り上げてくれたのよ』と紹介してくれるんです」

MSFは2013年、ドミーズ難民キャンプでリプロダクティブ・ヘルスと母子保健のプロジェクトを開始。当初の産前・産後ケアと家族計画支援を2014年に拡大し、24時間対応の分娩室を備えるほか、トリアージ(※)と婦人科診療も行う本格的な産婦人科施設に至った。

このプロジェクトは2017年11月に完了し、同施設の運営はドホーク県保健局に引き継いた。MSFはイラク全域で活動を続けており、現在もアルビル、ディヤーラ、ニネワ、キルクーク、サラーハッディーン、アンバル、バグダッドの各県でプロジェクトを運営している。

  • 重症度、緊急度などによって治療の優先順位を決めること。

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