人生を取り戻すために——MSF再建外科病院の現場から

2018年01月17日掲載

大きく見開いた目を輝かせ、親指を立てて“グッド”のサインを出し、いたずらっぽい笑みを浮かべた——イブラヒム君(4歳)は今、みんなと話したくてたまらないのだ。発音するための口の形を学んでいるところで、まだしっかりと力を込められないものの、「こっちに来て!」「あっちに行って!」とはっきりと声に出している。

みんなと話したくてたまらないイブラヒム君
みんなと話したくてたまらないイブラヒム君

MSFのもとで手術とリハビリを受け、
話したり食べ物をかんだりすることができるようになった

イブラヒム君の一家はイエメンの首都サヌアで暮らしていた。しかし、内戦は終わる気配を見せず、空爆は激しくなるばかり。一家はイブラヒム君の祖母の自宅に避難した。

2015年5月、イブラヒム君はそばにあったボトルに手を伸ばし、口をつけた。排水管の洗浄剤……薬品で口の周りの皮ふがただれ、唇が癒着して話すことも食べ物をかむこともできなくなってしまった。

MSFのもとに来たのは2017年。顎顔面(がくがんめん)の再建・形成手術を繰り返し受けた結果、2年ぶりに口を開けられるようになった。理学療法チームのサポートで半固形食を食べられるようになり、話し方は父親から教えてもらっている。

「イブラヒムに笑顔が戻って本当にうれしいです。手術と理学療法で完全に回復することを祈っています」

「生まれ変わったよう」

奥さんと一緒に買い物ができるまでに
回復したハイデルさん

ハイデルさんがMSFのもとへ運ばれてきたときには、右腕は吹き飛び、右脚にも重傷を負っていた。傷口はすでに細菌感染が始まっており、右脚の骨を侵食していた。

イラク在住の電気技師、その日も朝8時から仕事だったが「何か嫌な予感がしていた」という。予感は不幸にも的中。作業をしていた電柱の近くで車が爆発した。

すぐに手術室へ運ばれ、骨の感染部分を取り除く手術を受けた。微生物検査室で細菌の種類を調べたところ、極端な薬剤耐性を持っていることがわかった。世界中の抗菌薬のうち、効きそうなものが1つか2つしかなかったのだ。

MSFの検査室技師チームは力を合わせて調べ上げ、ついに適切な抗菌薬を見つけ出した。この抗菌薬の投与と6ヵ月間で8回の手術を経て、ハイデルさんの右脚を切断することなく治療することができた。

「生まれ変わったようです。すべてが新鮮です。脚も、腕も、そして妻との人生も」

発端はイラク戦争

イラク戦争から15年。中東は常に紛争の"爆心地"であり続けている。公的医療体制は崩壊し、医療スタッフは亡命したり殺害されたりして減少、住民たちは病院へ行く余裕をなくしている。経済的にも、気持ちの面でも。

15年前はもっとひどかった。動けないほどの重傷者でもそのままにされていた。爆弾や銃撃の被害者の治療には、整形・形成・顎顔面の各外科の高い専門技術が必要だ。そうした治療を受ける機会さえない状況を変えようと、MSFはヨルダンの首都アンマンの病院で「再建外科プログラム」を始めた。

そう、このプログラムはもともとイラク戦争の被害者が対象だったのだ。ところが、暴力は中東全域に広がり、2008年のガザ戦争、2011年の"アラブの春"、そして今も続くシリア内戦、イエメン内戦……再建外科のニーズは増え続ける一方だった。このままでは対応しきれない。そう判断し、2015年、病院を移転して機能をさらに充実させた。

治療、回復、そして社会復帰へ

笑顔を取り戻した患者たち
音楽は心理ケアの重要な要素の1つだ

2017年には腕や脚を切断した患者の義肢を作るための3Dプリンターを導入した。特に義手については、義足よりも選択肢が少なかった。制作チームはこの課題の解決に取り組んでいる。3Dプリンターを活用することで義肢の成形作業の効率を上げ、安くて軽いものをより短時間で届けることを目指している。

患者の出身国はさまざまだ。誰もが戦争を体験している。治療はときに1年かかることもあり、患者はその間、寝食を共にする。自然と体験を分かち合うことになる。悲惨な戦争体験をお互いに打ち明け、体験を乗り越える力とする。治療を終えて帰宅し、人生をやり直そうと希望を語り合う。

ここでは再建外科の手術だけでなく、理学療法や心理・社会的支援を組み合わせ、患者の社会復帰を手助けしている。まず、手術をした部分を動かせるようにリハビリを重ねる。身体機能が戻ってくると、続いて戦争のトラウマを乗り越えるための心理ケアを進めていく。

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