イラク:「仕事」は夢物語、雑草まで食べて......——モスルから脱出してきた避難者たち
2017年06月12日掲載

イラクのモスル市をめぐり、政府軍と過激派組織「イスラム国」の戦闘が激化している。モスル市西部から避難してきた2つの家族に、市東部で国境なき医師団(MSF)のプロジェクト・コーディネーターを務めるフランチェスコ・セゴニが、脱出前の現地の状況を聞いた。
「出て行くしかありませんでした。他にどうしようもなかったんです」と話すカリーマさんは、「ついには雑草まで食べていました」と打ち明ける。めいのロジャインちゃん(4歳)がピンクの服に身を包み、かたわらに座って聞き耳を立てる。この何ヵ月かの間、カリーマさんをはじめ何千人もの市民が命がけでモスル西部から脱出している。
避難を繰り返してようやく……

市の西側はチグリス川の右岸にあたり、「イスラム国」からの奪還を目指すイラク軍が到着した2017年2月以降、絶え間ない戦闘で荒廃している。カリーマさんは市東部の親類宅に身を寄せた。親類はタヒル病院に勤務している。ここはMSFが、外科・救急医療を提供するために3月に開設した施設だ。
カリーマさんは教員で、夫のサイードさんは不定期雇用だった。ただ、カリーマさんを含め多くの市民にとって、“仕事”はもう夢物語のように思える。過去数ヵ月はとにかく生き延びることで精いっぱいだったのだ。
「戦闘が激しくなり、もうしのぎ切れないと思いました。軍のロケット弾だろうと、『イスラム国』の爆弾だろうと、いつ頭上に落ちて来るかしれませんでした」とサイードさんは振り返る。
脱出も容易ではなかった。夫妻はまず数kmの街区に移動。そこに一時的に避難していたが、数日後にはそこも紛争に飲み込まれた。それでも夫妻はさらに24日間とどまったが結局、再び避難するしかなかった。
急造の隠れ家で数日を過ごし、朝早くに徒歩で発つと、ようやく戦闘地域外の安全な場所にたどり着けた。避難キャンプに入ると、カリーマさんは女性・子ども用の区画に、サイードさんは男性用の区画に送られた。ただ、半日後には合流することができ、市東部の親類のもとに向かうことが認められたという。
こうした体験は決して珍しいものではない。私(フランチェスコ・セゴニ)も同じような話を耳にしている。MSFの患者の多くはモスル西部の住民で、彼らが東部にたどり着いて最初に望むものが“医療”だ。治療を受けていないけがや、感染症を起してしまっているけが、そして爆弾などの破片創もある。
たとえお金があっても……

MSFの治療を受けている患者は、避難できたという点で“幸運”だ。しかし、モスル西部にはいまだ約10万人が生活しており、食糧、水、最低限の医療物資にも事欠いている。
元獣医のハッサンさんは4月下旬に妻のマイサムさんと、娘のジューリちゃん、ガジアルちゃん、アリージュちゃんを連れて脱出した。
マイサムさんは毎朝、1枚しかないフライパンを引っ張り出し、手元に残っていた少量の食用油で少量のトマトペーストを揚げていた。
「最後の油でした。買い足しはできなかったでしょう。以前はボトル1本で1000ディナール(約93円)ほどでしたが、今は闇市場で30倍の価格がついています。ただ、それも大した問題ではありません。何しろ、もう流通していないんです。お金はあったとしても、商品が残っていなかったんです」
一家は2本のろうそくを照明として使っていた。電力がもう長いこと途絶えていたからだ。ろうそくは1度に1本で済ませ、なるべく長持ちさせられるように一家全員が1部屋に集まっていたという。
それでもふるさとに帰りたい
一方で、大きな健康問題に見舞われなかったのは幸運だったとマイサムさんは言う。「病気になっても頼るあてがないことはわかっていましたから」
マイサムさんによると、包囲地区の全住民の頼みの綱は数人の看護師だ。看護師らは、数少ない短時間の戦闘停止時に戸別訪問を行っているが、器具もなく、薬もまったく足りていない。
ハッサンさんは現在、後に残してきた大勢の親類のことが気になっている。「おじや従兄弟や友人がいます。私たちが置かれていたのと同じ極限状態です。食糧も水も薬もありません。今も電話で連絡はとれていますが……」
こうした苦難を経験しても戦闘が収束したら、戦火で荒れはてた町に、何が待ち受けているかも重々承知の上で戻ろうという両家族の決心には非常に驚かされる。カリーマさんは言う。「夫と私は戦闘が終わったら帰るつもりでいます。水と電気さえ復旧すれば十分です」
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