エチオピア: 過去最悪の干ばつと豪雨——遊牧民の2年間

2016年06月29日掲載

エチオピア東部のシッティとアファールは1年の大部分が乾燥している過酷な地域だ。それでも、多くの遊牧民が暮らし、貴重な家畜のための水と草を求めて、移動を繰り返す。そんな微妙なバランスの上に成り立つ生活が変わったのは2年前。雨期が来なくなり、植物が育たず、家畜が次々と倒れ、遊牧民の生活様式そのものが揺るがされてしまった。干ばつだ。

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命にも代えがたい家畜を手放す

遊牧民たちは異口同音に、「今回の干ばつは過去25年で最悪だ」と嘆く。家畜を失った彼らは政府や国境なき医師団(MSF)を含むNGOの援助に頼るしかなくなってしまった。

家畜を失ったのは、水や草の不足で死んでしまったからだけではない。家畜の乳などの生産ができなくなった結果、生活が困窮し、食べ物を手に入れるために家畜を売るしかないところまで追い詰められた人が大勢いたのだ。

遊牧民の文化では、生きるために家畜が必要で、その保有数は身分の高さに直結する。そのため、「家畜を売るくらいなら死を選ぶ」とさえ言われるのだ。そんな彼らが家畜を売る——これは紛れもなく難しい選択だ。

無数のお墓、漂う死臭

モハメド・デラルが、MSF調査チームの一員としてアファール県に派遣されたのは2015年9月のことだった。デラルが目にしたのはひどい状況だった。「無数のお墓に衝撃を受けました。比較的新しいお墓には、両親と5人の子どもの名前が刻まれていました。一家全員が栄養失調か、もしくはその影響が原因となって亡くなったのでしょう」。

デラルが視察した中には、死臭が漂っている場所さえあった。家畜が次々に死んでしまうため、その死骸の処理が間に合わないからだった。

増え続ける栄養失調の子どもたち

栄養状態を確認する簡易検査腕輪(MUAC)の色が黄~赤を指すと栄養失調と判定される 栄養状態を確認する簡易検査
腕輪(MUAC)の色が黄~赤を指すと栄養失調と判定される

MSFが活動拠点にしている各診療所では、栄養失調の子どもが増え続けていた。食べ物を手に入れることも難しい親たちが、病気の子どもを連れて行ける先はMSF以外にない。栄養失調に関連する病気や、はしか、水様性下痢、肺炎などが広がっていった。

この異常な干ばつに直面した遊牧民は、部族ごとにさまざまな対応を見せた。例えば、地域で生活していたソマリ人のうち、動きが取れる一部の人は、連れ立ってジブチへの長旅に出発した。行き着く先で生活しているソマリ人の部族からの助けが期待できるためだ。

ただ、デラルが出会った多くの人びとはすでに衰弱し、長旅には耐えられなさそうな様子だった。ブッシュで見かけたある集団は、食べ物を何も持っていなかった。長老に行き先を尋ねると、ただこう答えた。「死を待つのみです。もう家畜もおらず、進退きわまってしまいました。私たちに残されたものなどありません」

MSFと政府・国連・NGOが連携

栄養状態が悪い子どもたちに配給される高栄養食 栄養状態が悪い子どもたちに配給される高栄養食

状況の悪化は2016年に入っても続き、エチオピア政府が公式に国際援助を要請する事態となった。MSFはその時点で既に政府の諸機関、人道援助系のNGO、世界食糧計画(WFP)と連携していた。

やがて、食糧の配給が的確に行われるようになり、医学的な栄養プログラムも導入され、一定の成果が出始めた。ぎりぎりまで追い詰められていた人びとや、重度急性栄養失調の子どもたちに支援が届き始めたのだ。

ついに雨期!しかし……

洪水で水没した道路で立ち往生する輸送車 洪水で水没した道路で立ち往生する輸送車

そしてついに、雨期が戻ってきた。2016年3月半ば、恵みと思われたこの雨は、むごい痛みを伴っていた。あれほど長く大地を焦がし続けた太陽が姿を隠し、東部地域は容赦ない豪雨に襲われたのだ。

雨が降り始めてから数日で、人道援助を運んでいた重要な輸送路の大部分がぬかるみとなり、寸断された。豪雨被害から避難してきた人びとが滞在していた避難所の一部が押し流される悲劇も起きた。干ばつに苦しめられてきた遊牧民たちは、「過去最悪の雨だ」と天を仰いだ。

MSFの懸念は、この豪雨で食糧や医療の援助が再び届かなくなってしまうことだった。コレラやマラリアが流行する恐れもある。事態は深刻だった。シッティ県でMSFプロジェクト・マネージャーを務めるエキン・ガイレトリは、MSFの主要拠点3ヵ所から派遣しているアウトリーチ(※)の規模の縮小を余儀なくされた。拠点から特に遠く離れた地域へは送れなくなってしまったのだ。ただ、アウトリーチを中止することはなかった。

  • こちらから出向いて援助を必要としている人を見つけ出す活動

洪水でさらなる危機——MSF、栄養食の配給を強化

MSF新たな方法を模索した。豪雨による洪水があちこちで起きていたピーク時に、子どもたちの健康スクリーニングを行った。助けの必要な子どものいる世帯を見つけ出し、高栄養食の配給を倍増するためだ。

このプロジェクトの途中、実際に配給の倍増が始まる前に、デラルは任期満了を迎えて帰国することになった。プロジェクトからの離脱はいつもつらい。やるべきことがたくさん残っている時であれば、なおさらだ。

そして「緑」が戻ってきた

雨期が1ヵ月続き、緑が戻ってきた 雨期が1ヵ月続き、緑が戻ってきた

一方、雨期が戻ってきたこの地域は少しずつ回復し始めた。あちこちに若草が芽吹き、砂漠のようだった景色に緑が戻った。遊牧民たちは心からほっとしたことだろう。

洪水のピーク時にアファール県のMSFプロジェクト・マネージャーを引き継いだルイス・ポンテはこう語る。「ほとんど骨と皮ばかりだった家畜が目に見えて肥えはじめました。遊牧民は、この地域の主要な栄養源の1つである乳を再び生産できるようになったのです」

栄養失調の子どもも減った。ただ、状況が落ち着いたわけではない。ポンテは「現在も、重度栄養失調の子どもがいる世帯をたびたび見かけます。今回の雨は1ヵ月しか続きませんでした。この雨量が、遊牧民が植物の育たない不毛の季節をしのぐために十分であったことを祈るばかりです」

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