リベリア: エボラ陽性でも症状が出ない?——治療施設で踊る少年

2014年09月18日掲載

保健省から発行された退院許可証を見せるママディー君 保健省から発行された退院許可証を見せるママディー君

リベリアのロファ州フォヤ地区。エボラ出血熱の流行地域で、国境なき医師団(MSF)がエボラ治療センターを設置している。その施設内、感染確定の患者が収容される区画。そこに入った患者は、3分の2がエボラウイルスに屈してしまう。

なんとなく集まってきてベンチやいすに腰掛ける患者たち。トランジスターラジオから鳴り響く「アゾント」は、ガーナ発で大人気となっているダンス音楽だ。症状が進んで衰弱し、ベッドに横たわっている人びとの体内では、免疫系がエボラウイルスと闘っている。

流行のダンス「アゾント」を披露

その中に例外が1人。11歳の少年ママディー君だ。みんなの前で流行のダンス「アゾント」を披露する。リズム感抜群の軽快なステップ。長い手足を振り、関節を柔らかく動かして全身で踊る。信じがたいことだが、ママディー君はエボラ患者だ。ウイルスの感染が確認されている。

例外的な感染経過

体格より2回りも大きいシャツを着て患者たちにアゾントを披露する 体格より2回りも大きいシャツを着て
患者たちにアゾントを披露する

エボラ治療センターの入院患者が持ち込んだ衣服や物品は、すべて焼却処分しなければならない。ママディー君の衣服も処分され、体格より二回りは大きいTシャツを着せられた。灰色のパジャマズボンと青いサンダルは、3サイズ以上大きいものだ。しかし、エボラもだぶだぶの衣服も、若手ダンサーを止めることはできない。ほかの患者にはうらやましがられ、医療スタッフからは愛され、いまや治療センターのスターである。

そんな彼の感染経過は例外的だ。ママディー君の最初の入院は8月15日。感染検査の結果は陰性で、退院した。住まいのサルコネドゥ村までの帰路が遠いことから、治療センターの宿泊施設で夜を明かしていると、症状が現れ、翌日に再入院。吐き気、発熱、筋肉の痛み、強い疲労感、腹痛、下痢といった症状が見られた。

MSFのロベルタ・ペトルッチ医師は「明らかにエボラの症状でした。ただひとつ、黄疸が不審な点ではありましたが……」と振り返る。ペトルッチ医師らは、ママディー君に総合ビタミン剤、解熱鎮痛剤、経口補水液、抗生物質を処方。マラリア検査でも陽性だったため、抗マラリア薬も処方した。

2回続けて陽性、でも症状は……

どんなものでもおもちゃにして退屈な施設内の生活を笑顔で過ごした どんなものでもおもちゃにして
退屈な施設内の生活を笑顔で過ごした

2回目のエボラ検査は、8月20日に確定した。結果は予想通り、陽性。ただ、不思議なことに、ママディー君はそれまでに復調し、走り回っていた。誰もが「信じられない。きっと何かの間違いだ」と思った。数日後、さらに血液検査を行った結果、ママディー君はやはり陽性だった。

「検査ミスはほぼ考えられません。同一人物への検査で2回続けて誤った結果が出ることはあり得ないでしょう。検査結果が陽性である以上、ママディー君を治療センターから退院させるわけにはいきませんでした」とペトルッチ医師。まったく症状は見られなくなっても、理論上は感染を広げる恐れがあったからだ。

「学校まで懐かしくなってきちゃった」

体調の優れない患者の中で、ママディー君はいつも笑顔で人気者だった。彼の入院期間は睡眠、食事、ほかの患者とのおしゃべり、そして当然のごとくダンスで過ぎていった。紙切れ、ジュースの缶、水のパックなど、どんなものでもおもちゃになった。

ただ、エボラ治療センターは子どもがいたいと思う場所ではない。すぐに退屈してしまう。「退院したい。2週間もいるんだよ。家に帰りたい。友達に会いたい。学校まで懐かしくなってきちゃった」

ママディー君は泣き言を口にすることも、ほかの患者のように検査結果を尋ねたりすることもなかった。「黄色のレインコートの人たちが、僕や大勢の患者を助けてくれたんだ」と言っていた。

陽気な少年が目にした現実

8月30日。3回目の検査でも、残念ながら退院は認められなかった。また、陽性だったのだ。ペトルッチ医師は「彼の医療記録には目を引くところがありますが、例外的なものではありません。ただ、彼の振る舞いは明らかに例外的でした」と話す。

元気を振りまいているママディー君だが、感染確定の区画内にいるため、どうしてもむごい光景を目にすることがある。「たくさんの人が亡くなりました。エボラにかかると、吐いたり、鼻血が出たりして、死んでしまうんです。家に帰ったら、友達にそう教えてあげようと思っています」

実は、ママディー君の姉マヤンさん(14歳)も治療センターに搬送されていた。入院から数日後、マヤンさんは亡くなった。ママディー君のテントは、マヤンさんのテントの2つ隣だった。目に涙を浮かべた母親からマヤンさんの死を告げられたママディー君は、ただ一言、「泣かないで、お母さん」と言った。

ついに退院!

9月4日、4回目の検査結果が隣国ギニアのゲケドゥ県の施設から送付されてきた。ついに陰性。ママディー君は治療センターを飛び出した。「今日は最高の気分!」と話す彼が打ち勝った闘いは、どれほど命がけのものだったか。彼はまだ気づいていないかもしれない。

フォヤ地区では現在、MSFの外国人スタッフ41人と現地スタッフ444人が活動。ベッド数100床のエボラ治療センターには約60人が入院している。また、アウトリーチ活動では健康教育、安全な埋葬、搬送などを実践。近隣のヴォインジャマ地区でも、保健省所属の病院職員に治療の優先度を決めるトリアージの研修を行っている。

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