失った足、奪われた希望……人生を取り戻すために闘った5年間

2018年06月25日掲載

 「信念、判断力、人間性……全てが試される場所でした。国境なき医師団(MSF)の存在意義を感じられる活動です」。ヨルダン北部イルビド県のラムサ病院で勤務したMSFスタッフはこう振り返ります。

2013年9月、MSFはシリア国境から5km離れた同病院で外科プロジェクトを開始。シリア内戦で負傷した多数の患者を受け入れ、専門的な外科治療を施してきました。負傷の主な原因は、シリア南部の住宅地や医療機関に投下された爆弾によるもの。内戦下のシリアでは医療スタッフや設備が足りず、治療ができないと判断された患者がヨルダンに救急搬送されました。運ばれてきた患者の7割以上が爆発による傷を負っていました。

タル爆弾で頭部にけがを負った新生児タル爆弾で頭部にけがを負った新生児

患者は体の一部の機能を失いつつも一命をとりとめる場合がほとんどですが、治療を受けて回復した人も、その後の生活でさまざまな困難に直面します。ラムサ病院ではリハビリテーション医療や心のケアを行い、術後ケアにも取り組んできました。

 
2013年、当時14歳だったルカヤさんはシリアで空爆に遭い、この病院に搬送されました。
 
「家を出た途端、爆発音がしました。両足が溶けるような感覚があり、そのまま意識を失ったんです。気づいたら病院で、お母さんは亡くなっていました」
両足を無くしたルカヤさんは8回にわたる外科手術とリハビリを乗り越え、現在は義足で生活しています。5年前は失意の底にあったというルカヤさん。「今は将来のことを考えられるようになった」とほほ笑み、こう話してくれました。

「また自力で歩けるようになり、とても嬉しい。神様のおかげです」

ラムサ病院で手術に向かう14歳のルカヤさんラムサ病院で手術に向かう14歳のルカヤさん

 内戦が激化した2015年にラムサ病院の患者数はピークに達したが、2016年6月以降はヨルダン国境付近の自爆攻撃でヨルダン兵7名が死亡したことを受け、シリア国境が封鎖。翌年に再開されるまで患者を受け入れられない状態が続いた。2017年2月に戦闘が再燃し、医療搬送が急増したが、2017年7月には米国・ロシア・ヨルダンがシリア南西部の停戦に合意。それにともない負傷者が激減したため、ラムサ外科プロジェクトは終了することとなった。

MSFは引き続きヨルダンでの活動を継続。シリア南部にある支援先病院への遠隔支援や、ヨルダンの困窮者・シリア難民への医療援助として、外科手術や基礎医療、慢性疾患、母子医療、心のケアなどを実施している。

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