日本人医師が見たジフテリア集団感染の危機——ロヒンギャ難民キャンプで猛威
2018年03月14日掲載
ジフテリア小児患者を治療するMSFスタッフ
昨年8月末にミャンマーで起きた大規模なロヒンギャ弾圧により、約70万人の難民がバングラデシュ南東部コックスバザール県に到着。そして12月、過密化した難民キャンプでジフテリアが集団発生した。これほどの大流行は数十年ぶりのことだ。
国境なき医師団(MSF)は急きょキャンプ内3ヵ所に専門の治療センターを開設し、収束に当たった。医療スタッフにとっても、教科書でしか見たことのない「未知の病気」であるジフテリアが流行した理由とは? 日本から現地に派遣された山梨啓友医師と、医療チームリーダーのカルラ・プラが解説する。
治療経験のない病気との闘い/山梨啓友(総合診療医)
バルカリ病院でジフテリアに対応した山梨医師
昨年12月に集団発生の情報が入った当初、感染症の診療を行う医師であるにも関わらず、「ジフテリア」という病名にぴんとこなかったのを覚えています。
一家で入院したジフテリア患者
ジフテリアは飛沫感染するジフテリア菌によって引き起こされる病気で、体内に毒素が生成されて重症化します。発熱やのどの痛みから始まり、急激に呼吸状態が悪化したり、心臓の働きが悪くなったりすること(心筋炎)で乳幼児が命を落とすことも珍しくありません。しかし、ワクチン接種によって予防できるため先進国で発症することは極めて少なく、診断や治療経験のある医師は多くないのが現状です。
社会から無視されてきた人びと
簡易な井戸で生活用水をまかなう人びと
難民キャンプでは、急増した人口をまかなうだけの家屋や上下水設備を整えることが難しく、ロヒンギャは劣悪な生活環境にさらされていました。しかし最大の問題は、彼らが母国ミャンマーでも予防接種などの基本的な医療に接する機会を持つことがなかった点にあります。プライマリ・ヘルスケア(基礎医療)は誰にでも提供されるべきだと言われていますが、ロヒンギャの人びとは難民になる以前もネグレクトされた状態にあったことがうかがい知れます。今回の集団発生では、4千人以上(2018年1月末時点)がジフテリアを発症しました。
悲しい現実も目の当たりに
ジフテリア抗毒素を投与される子ども
私が派遣されたバルカリ病院は、(流行が始まった12月初旬の時点で)現地で唯一ジフテリアに対応できる医療施設でした。75床と規模は大きくなく、医療スタッフ全員が目の回るような忙しさで患者や家族のケアに当たりました。
それでも、数日前までは元気だった子どもが発病してから急速に悪化し、息を引き取るような悲しい場面にも度々遭遇しました。
日本での診療であれば、患者の親に子どもの診断や治療内容を詳しく説明し、彼らの思いを聞き取ることができます。しかし、ロヒンギャの人びとは外国人派遣スタッフだけでなくバングラデシュ人でも十分に意思の疎通が図れないことがあります。
殺到する外来患者や重症の入院患者の対応に追われ、彼らの思いを汲み取ったり、ジフテリア診療に伴う隔離などのストレスについて十分な時間を取って対応したりすることができないというジレンマがありました。
境遇を変えていかなければ/カルラ・プラ(医療チームリーダー)
スペイン人看護師で医療チームリーダーのカルラ・プラ
12月初旬、MSFはバルカリ病院から数km離れたモイナルゴナに新しい病院を建設中でしたが、流行の拡大を受け、建設を中止して敷地内にジフテリア治療センターを立ち上げました。当初はテントで活動し、建物が完成した後、病棟内に移りました。
入院病棟で患者をケアするカルラ
ジフテリアが疑われた患者はすぐに治療センターへ転送しました。小型バスなどで一斉に患者が運ばれてきて、初めの数週間は対応に苦労しました。それまで教科書でしか症例を見たことがなく、治療法をひたすら学んでいかなければなりませんでした。
小児患者に付き添うMSF医師
ジフテリア抗毒素の投与には最大限の注意を払います。この薬は静脈に注射するのですが、下手をすると逆効果になり、合併症や死に至る可能性もあります。特に注射直後は、副作用をすぐに察知できるよう医師が患者に付き添う必要があります。
治療と予防を同時に推進
退院した患者は8日後に自宅で経過観察を受ける
飛沫感染するジフテリアの拡大を防ぐためには、患者の隔離を徹底することが大切です。スタッフも例外なく、マスクと防護服を長時間着用します。
通常、患者は入院後48時間で退院しますが、そこで終わりではありません。患者が接触した可能性のある人に予防接種と予防薬の配布を行い、感染を食い止めるのです。
患者の居住地を回るMSFの追跡チーム
治療センターでMSFスタッフが、過去1週間に患者の身近にいた家族や隣人など、全ての関係者を特定。翌日、追跡チームが訪ねて行き、関係者全員にワクチンを接種します。
退院した患者も定期的に観察します。薬の服用を続けているか、副作用が出ていないかを確認しなければなりません。退院1ヵ月後に病院で最後の診察をし、合併症のないことを確かめます。
悔しさも喜びも
治療センターで投薬を受け、回復した少女
ジフテリアで命を落とした患者さんもおり、関係者は皆、痛恨の思いです。来院したとき、すでに手遅れだったお子さんもいます。スタッフも懸命に対応し、回復を願っていましたが、亡くなってしまいました。「どうしてこんなに来院が遅れたんだ?なぜワクチンを打っていなかったんだ?」という思いでいっぱいでした。
人びとの置かれた境遇が分かるでしょうか。この状況を変えなければなりません。
また別の日にも、やはり小さなお子さんが運び込まれました。皆がマスクをして知らない言葉を話している場所に連れて来られ、とてもおびえていました。その女の子は衰弱し、のどの痛みのせいで食欲も失っていましたが、動画を見せるなど気を紛らしながら治療を始めると、少しずつ笑顔が出てきて、翌日には退院する姿を見送りました。その時の気持ちは今でも覚えています。「皆よくやった!」私たちの仕事で最高の瞬間です。
MSFは1月末までにコックスバザール県で4280人のジフテリア患者を治療。その大半が5~14歳だった。流行のピーク期には3つの専門医療施設を運営していたが、2月以降は患者が減少したため、2ヵ所を本来の小児科・救急科・母子保健の施設に復元した。残る1施設はジフテリア治療センターとして運営を続けている。
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