【ロヒンギャ問題】命の危機に瀕する難民60万人——MSF初動の2ヵ月
2017年11月08日掲載

ミャンマー西部ラカイン州で、ロヒンギャ族の民兵組織と警察・軍との間で起きた武力衝突を機に、おびただしい数のロヒンギャ住民が隣国バングラデシュに避難している。その数は2ヵ月間で推計60万人以上(2017年10月27日現在)とされ、過去最悪の規模に達した。
難民の多くが銃・爆弾などによる怪我を負い、心も傷ついている。過密で、衛生状態のよくないキャンプでの生活が長引き、深刻な栄養失調や集団感染への懸念も広がっている。
国境なき医師団(MSF)はこうした事態を受け、援助活動を拡充。日本からも医療スタッフをバングラデシュに多数派遣し、緊急対応にあたってきた。MSFが事件発生から現在に至るまで現地で目撃した、ロヒンギャ難民の状況を振り返る。
少数民族ロヒンギャ迫害の歴史

イスラム教徒の少数派であるロヒンギャは、仏教徒が大多数のミャンマーで「不法移民」として差別され、移動・結婚の制限、強制労働、資産の没収、不法逮捕など、深刻な人権侵害を受けていた。
日々暴力にさらされ、劣悪な生活環境で暮らすロヒンギャを医療面で援助するため、MSFはラカイン州で診療所を運営。月に最大1万1000件を超える総合診療のほか、救急搬送などのサポートもしてきた。しかし、今回の事件が発生する数日前から外国人スタッフの立ち入りが禁止され、現在これらの活動がすべてストップしている。
発端はミャンマーで起きた武力衝突
今回の大規模な移動が始まったきっかけは、ミャンマー軍がラカイン州で展開した大規模な軍事作戦だ。その作戦は、8月25日、警察署や軍基地が襲撃され、ロヒンギャの民兵組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)が犯行声明を出したことに端を発する。
バングラデシュに逃れた難民によると、この軍事作戦で、民間人を狙った深刻な暴力行為が多発。村や家々は焼き払われ、MSFクリニック2ヵ所も焼け落ちた。その結果、多数のロヒンギャが着の身着のままで国境を越え、難民キャンプに身を寄せることとなった。
関連記事:ロヒンギャ危機:バングラデシュでの医療ニーズが深刻化、MSFは援助活動を拡充
難民が語る「虐殺」の実態

銃・爆弾による襲撃、放火、レイプ、乳幼児の虐殺——。避難所にたどり着いた人たちの証言によって次々と浮き彫りになっているのが、ミャンマー当局による凄惨な暴力行為の実態だ。
ある女性はこう話す。「150人以上の兵士が村に来て、村の男性を次々に殺害し始めました。遺体は積み上げられ、焼かれました。私は政府軍の1人に股を刺され、別の1人にのどを突き刺されました。抱いていた生後28日の赤ん坊は、頭を何か重いもので殴られました。頭蓋骨が割れて脳がはみ出しました」。
愛する夫と子ども6人を失った。わが子が炎の中で生きたまま焼かれた。赤ちゃんがお腹を裂かれて死んでいた……。残虐な光景を目撃した人びとが負った心の傷も深刻だ。
関連記事:ロヒンギャ難民が証言する虐殺の実態——MSF診療所にて
日本人スタッフが見た、難民キャンプの現状
バングラデシュ・コックスバザール県には以前からロヒンギャ難民20万人が滞在するキャンプがあり、MSFはクトゥパロンとバルカリという2つの難民キャンプに診療所を設置していた。そこへ新たに60万人以上が到着したことで医療ニーズが4倍に急増。MSFはバルカリとマイナーゴナにもクリニックを新設したほか移動診療も開始、多数のスタッフを派遣し、急ピッチで活動拡充を進めている。 活動に参加した日本人スタッフは現地の様子を以下のように語った。
加藤寛幸(小児科医、MSF日本会長)
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2017年9月に到着した当初、重い栄養失調の子は必ずしも多くありませんでした。しかし、急増する難民に対応が追いつかず、食べ物が行きわたらないため2~3週間で栄養状態が急速に悪化したのが見てとれました。
清潔な水やトイレもなく、汚水等による感染がとても心配です。人口が非常に密集していて、患者を隔離することもできない状況では、いつ爆発的な感染症が流行してもおかしくない。このままでは集団感染で数万人単位の命が失われます。
倉之段千恵(看護師)
診療所の外来で患者さんと(筆者左)
難民キャンプでの暮らしは、想像を絶するものでした。マイナーゴナに約11万人、ブルマパナには約8万人が生活していて、今も増え続けています。この規模のキャンプで援助を行きわたらせるのは簡単ではありません。
竹で骨組みを作ってビニールシートをかぶせただけのシェルターは雨風をしのぐ程度で、雨が降ると外は泥だらけになります。井戸もありますが、掘りが浅いので水はきれいでなく、トイレの近くにあったりして、衛生面も心配です。援助が行き届かず、シェルターさえない人もいました。栄養状態も悪く、本当にみんな疲れきって弱っています。
上野麻実(助産師)
MSFの上野麻実助産師
クリニック立ち上げ直後から患者数は1日200人に達し、1ヵ月後には470人にまで増えました。患者の3分の1は5歳以下でした。重度のやけどを負った子どもは、焼けただれた腕と胴体が癒着してしまっていました。村に兵士がやってきて、家に押し込められ、火をつけられたとのこと。両親は焼死し、1人だけ助かったそうです。この子の将来を思うと胸が痛みました。治療だけでなく腕を動かせるようにするためにも、これから何度も手術が必要になるでしょう。
母親が1人で何人もの子どもを連れている姿も目立ちました。多くの男性が殺害されたためです。キャンプに到着した途端に号泣した人もいました。女手一つで子どもの面倒をみながら食糧配給などのクーポンを確保することは難しいのでしょう。母親たちはみんなガリガリにやせていました。
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