南アフリカ:MSFのHIVプロジェクト 1年早く国際目標を達成

2019年06月13日掲載

抗レトロウイルス薬(ARV)を提供するスタッフと患者(2016年撮影)© Greg Lomas/MSF抗レトロウイルス薬(ARV)を提供するスタッフと患者(2016年撮影)© Greg Lomas/MSF

国境なき医師団(MSF)は6月12日、南アフリカ東南部クワズル・ナタール州エショウエで運営する地域密着型HIV・結核プロジェクトに関する調査結果を公表。同プロジェクトが国連合同エイズ計画(UNAIDS)の定めるHIVの流行を抑えるための目標値を、期限である2020年よりも1年早く達成したことを明らかにした。 

HIV対策の重要目標を前倒しで達成

UNAIDSの定める目標とは、2020年までに、①HIV感染者の90%以上が自身の状況を把握すること、②診断を受けた感染者の90%以上が抗レトロウイルス薬(ARV)による治療を受けること、③ARV治療を受けた感染者の90%以上でウイルス抑制すること———を目指すもので、「90-90-90目標」として、HIV対策に取り組む各国の成果を表す重要な指標にもなっている。

今回の調査で、MSFのプロジェクトでは、感染者の90%が自身の状況を把握し、うち94%がARV治療を受け、さらにそのうちの95%がウイルス量を抑え込む90-94-95という成果を挙げた。この結果は、普段は保健医療が届かないHIV感染者にも、地域密着型の活動であれば医療が確実に届き、直接的な支援を拡大できるというMSFの考えを裏付けるもので、HIV対策に先手を打つための鍵となる。 

「90-90-90」は達成可能

HIV感染率の高い地域で住民に説明するMSFスタッフ(中央、2016年撮影)© Greg Lomas/MSFHIV感染率の高い地域で住民に説明するMSFスタッフ(中央、2016年撮影)© Greg Lomas/MSF

MSFの調査は、今週の南アフリカAIDS会議(SA AIDS)で報告される2件の調査を含むHIV感染者に関する他の調査ともおおよそ同一の見解を共有し、特定の地域で新規の感染例が減少したことを示唆する有望なデータとともに、南アフリカでの90-90-90達成は可能だということを強く根拠づけるものとなった。一方で南アフリカ全体の推計値では、85-71-86だった(人間科学調査委員会、2018年)。

MSFの医療チームリーダー、リースベト・オーラー医師は、「4人に1人がHIVを抱えている国内でも、HIV感染率の特に高い地域で90-90-90が達成可能なことを証明できました。この結果は、地元の人たちが全面的にプロジェクトに参加してくれたことを示すものでもあります。地元の市民団体、患者会、保健医療従事者、伝統的治療師、伝統的指導者、そして住民全員が、このプロジェクトの成功のために計画と支援に最初から携わってくださいました」と話す。

「重要なことは、HIV陽性だった人のうち94%の治療開始を実現できたことであり、男性などHIV検査を受ける傾向が少なく、ケアにも結び付きにくい人びとが含まれていたことです」

MSFプロジェクト副コーディネーター、ムサ・ンドゥロヴは、「エショウエがどうやって90-94-95を達成したのか。それは、団結の力によるものと言っていいでしょう。地域の伝統的な指導者の方々に全面的な協力をいただき、保健や教育の担当局とも各所で緊密に連携しました」と説明する。

「このプロジェクトの開始当初、地元の皆さんはHIVについて話すなんて考えられないほどでした。今はMSFの車を引き止めて、HIV検査について質問までくださいます。MSFが地元の人たちのために成し遂げたのではなく、地元の人たちとともに成し遂げたのです」 

2013年調査よりも改善傾向

HIV感染率の高い遠隔地でHIVテストを実施する保健スタッフ (2016年撮影)© Greg Lomas/MSF HIV感染率の高い遠隔地でHIVテストを実施する保健スタッフ (2016年撮影)© Greg Lomas/MSF

今回の調査はMSFの疫学研究機関「エピセンター」により、15~59歳の対象住民3286人に行われた。2013年に重点活動を推し進めるために調査した場所と同じ地域での追跡調査とした。

2018年調査では、90-90-90目標の①HIV感染の状況を把握する人の割合が前回と比べて14%ポイント増、②治療を開始した人の割合が24%ポイント増と、2013年から大幅に増えた。

男性の間では、①HIV感染の状況を把握する人の割合が68%から83%へ、②治療する人の割合が68%から87%へと急上昇した。そして、HIVを抱える人のうち、ウイルス抑制されていた人の割合も全体で56%から84%まで増加し、HIVを他の人に広げる可能性のある人の減少と、新規感染リスクの減少とが示唆されている。HIV感染発生率に関する速報値でも、2013年の1.2%から、2018年の0.2%と、改善傾向が見られた。

しかしながら特定の年齢層には相当の課題が残っており、この調査結果だけで今後を楽観することはできない。

「15~29歳の女性のHIV感染発生率は2.9%から1.2%まで下降しているものの、それでも依然として高い数値で、思春期の少女と若年女性を脅かす持続的なリスクを示しています」と、MSF医療コーディネーター、ラウラ・トリビーニョ医師は指摘する。

「男性への援助もやはり難しく、どのようなケアでも、総じて治療の成果が芳しくありません。HIV感染を診断された15~29歳の若年男性の半数以上が、今も治療を受けていません。このようにHIVに対して最も弱い立場にある集団を援助する上で、今回の調査結果が、彼らに治療を届けるための一致団結に繋がるようにと願っています」 

活動概況

2013年にUNAIDSが設定した目標90-90-90に先立ち、2011年に始まった本プロジェクトは、新規HIV感染とHIV関連疾患・死亡例を示す曲線を下降させることが目標だった。HIV感染予防、HIV検査の拡大、住民の速やかなケアの勧奨、治療の順守・継続とウイルス抑制の支援のために、地元住民およびクワズル・ナタール州保健局と協力のもと、さまざまな活動が立ち上げられた。現在、このプロジェクトは地域にある10診療所と2病院を対象とし、2012年から2018年にかけて非専門スタッフらが合計12万件の大規模な戸別検査を行うなど、地域密着型のHIV予防・検査に注力。2015~2018年には、毎年135万個のコンドームを配布している。 

MSFエピセンターの2018年調査について

MSFエピセンターによる地域住民の戸別調査はキング・セテワヨ地区自治体内のウムララジ地方自治体1~14区(人口11万4480人)で暮らす15~59歳の3286人を対象とし、その結果が、2013年に同地区の同年齢層5649人を対象としたMSFエピセンター調査の所見と比較検討された。調査対象者は詳細な質問票に回答した上でHIV検査を受けており、陽性が確認された場合は、さらにウイルス量とCD4細胞数を計るための血液検査を受けている。

2018年調査の主な目的は15~59歳のHIV陽性者のウイルス量抑制を計測するとともに、cascade of care(ケアの段階に応じた推移)を定量化し、2013年調査の結果と比較することにあった。 

2018年調査の主な所見

・Cascade of careは90-90-90を達成(2013年の76-70-93から90-94-95へ)

・1つ目の90:HIV陽性ステータスの自覚が、母集団の76.4%から89.7%へと全体的に上昇。

・2つ目の90:HIV検査で陽性だった人のうちARV治療を受けている人の割合が69.9%から93.8%に上昇。

・3つ目の90:ARV治療を受けた人のうちウイルス抑制を達成した人が94.5%。治療中でウイルス量1000コピー/ml以上のHIV陽性者の割合は43%から16%まで減少した。

・HIV感染発生率:速報値からの推計では年間の発生率が1.2%から0.2%まで減少。

・進行したHIV疾患:CD4値が200細胞/µl未満で生活している人の割合は9.8%から4.6%に減少。  

今回の調査結果の要因と、応用可能な要素は?

以上の通り、今回のような横断的調査は広い視野をもたらし、比較対照によって、当該の母集団における一定期間のHIV感染発生・まん延の傾向を明らかにするものだ。ただし、横断的調査の1つの限界は、因果関係を根拠づけられず、特にどの活動が結果に影響した可能性があるかを厳密に推測できない点にある。

それでも、MSFはこれまでの実践の記録と経験を踏まえ、下記の活動が特に奏功したと考えている:
1:地元民の主導と関与:プロジェクトの開始当初から地元の指導的人物、市民団体、伝統的治療師、地元民の直接的な関与を募った。MSFスタッフの報告では、これによって医療サービスの需要が高まり、地元民のHIVに対する全体的な認識が変化したようだという。

2:HIV検査と基礎保健サービスを地元民の身近に:複数のHIV検査・カウンセリング方法が地元社会に深く浸透したことで、診療所に足の向かない人を把握し、その中でも必要な人に保健医療機関を紹介することができた。地元民に重要な情報を提供し、治療を勧めた。HIV関連支援への信頼の高まりを受け、それぞれの地元で基礎保健サービスも行う常設のHIV検査所と、患者紹介の仕組みが整備された。

3:男性との接触:HIV対策では、依然として男性との接触が難しい。男性に的を絞った援助が計画され、地元へのアウトリーチ(※1)活動とタクシー乗り場での接触が試みられたものの、成果はまだはっきりわからない。また、地元組合や保健担当局と連携し、各地方自治体で15~34歳の若年男性の包皮切除にも大いに力を注いだ(※2)。15~19歳男性の約72%、20~24歳男性の約67%が包皮切除を受け、世界保健機関(WHO)がHIV感染発生例の抑止に有効だとして勧める60%の目標値を上回った。

※1こちらから出向いて、援助を必要としている人びとを積極的に見つけ出し、サービスを提供すること。
※2 調査対象は15~59歳の男性だが、包皮切除は12歳以上の男性を対象としている。

4:戸別検査:CHAP(Community Health Agents Programme=地域保健員プログラム)によって、広い地域で住民のそばにHIV検査サービスを届けた。地元民と保健医療施設の仲立ちをし、人びととケアを近づけ、カウンセリング活動を支えた地域保健員の働きは大きい。その業務は検査だけにとどまらず、HIVの周知、広報、信頼構築、診療所での受診の勧奨にまで及ぶ。MSFの費用データから、戸別検査の他の検査方法(特定の場所や施設での検査)よりも低コストであることがわかる。

5:アドヒアランス(患者自身の能動的参加による服薬順守)支援:HIV陽性者のARV治療開始を後押しし、一生続く治療を支えることが欠かせない。保健医療施設で検査・カウンセリングを提供し、治療を継続させる上で、市民カウンセラーの果たす役割も大きい。また、アドヒアランス支援会、薬の再処方の簡素化、医療施設外での薬の引き渡しなど、治療と支援を届けるための多種多様な方法が患者から非常に好評を得ている。現在、対照になり得る患者の56%がこれらの支援モデルのいずれかの受益者となっている。  

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