フィリピン:過密した都市のスラムで暮らす少女にワクチンを

2018年01月24日掲載

HPVワクチンの接種をうけるトンドの少女
HPVワクチンの接種をうけるトンドの少女

30万人余りがひしめき合って暮らすスラム。ここはフィリピンの首都マニラ。港に隣接したトンド区だ。この地域には、住民3万6000人あたりに1人しか医師がいない。国境なき医師団(MSF)はここで、2万5000人の少女に、子宮頸がんを引き起こすヒトパピローマウイルス(HPV)のワクチン接種を行う大規模な活動に乗り出した。

マニラ市のスラム。火事で焼けた自宅の残がいの中で子どもたちが遊ぶ。
マニラ市のスラム。火事で焼けた自宅の残がいの中で子どもたちが遊ぶ。

「幸福」という名の迷宮で

フィリピンでは、1日あたり平均12人の女性が子宮頸がんで亡くなっている。2015年、政府はがん対策を強化し、国内の最貧地域を優先して取り組み始めた。だが、国の首都であり金融の中心地でもあるマニラは対象外だ。トンドは市内でも富裕なビジネス街からわずか数キロだが、貧富の差はすさまじい。

2017年2月、MSFはマニラ市保健局の支援と地元NGO「リカーン」の協力を得て、HPVワクチンの1回目の集団接種を行い、9~13歳の少女2万5000人余りが接種を受けた。子宮頚がんの予防効果を得るには、半年後に2回目の接種をする必要がある。

マニラ市内のバスケットボール・コートに私物を持ち寄った少女たち。自宅は火事で焼けてしまった。
マニラ市内のバスケットボール・コートに私物を持ち寄った少女たち。自宅は火事で焼けてしまった。

MSFとリカーンが行った集団接種で、2万5000人がHPVワクチンの初回接種を受けた。
MSFとリカーンが行った集団接種で、2万5000人がHPVワクチンの初回接種を受けた。

トンドのスラムはまるで迷宮だ。住民は先の見えない生活を送っている。生活環境や経済状況が変わって急に引っ越してしまうことも珍しくない。

マニラは世界でも特に人口密度の高い都市で、1kmあたり7万人を超える人が暮らしている。スラムに付けられた芸術的な呼び名は、住民が暮らす過酷な環境の表れだ。例えば「ハッピーランド=幸福の地」は、現地語で「ごみ捨て場」という意味の「ハピラン」からきている。「アロマ」と呼ばれるスラムは、周辺のゴミの山から漂う強烈なにおいを連想させる。

スラムはさまざまな名で呼ばれている。このスラムの呼び名は「アロマ(芳香)」だ。
スラムはさまざまな名で呼ばれている。このスラムの呼び名は「アロマ(芳香)」だ。

スラムの住居には、正式な住所がない。使われていない巨大な倉庫を仮住まいにして、1棟に何百世帯もが寝泊まりしている。2017年の年明け、混沌の中で2万5000人の少女を見つけることはとても大変だった。半年後にもう一度彼女たちを探し出すのは、いっそう難しい。

トンドでは健康に関する教育の機会が少ないため、2回目の接種がなぜそれほど重要なのか、理解されない恐れもあった。また、貧しい環境でその日暮らしを送る家庭が多いため、半年後の接種の予約をするだけでは、来てもらうことは難しい。そこで、スラムのことを良く理解しているリカーンの力が活かされた。

ジェナリン・デ・レオンさんはスモーキー・マウンテンと呼ばれるスラムで暮らす。
ジェナリン・デ・レオンさんはスモーキー・マウンテンと呼ばれるスラムで暮らす。

家族を巻き込み、地域ぐるみの広報活動

MSFはリカーンと協力して大規模な広報活動を展開した。リカーンはフィリピンで20年にわたり、女性のための保健医療と家族計画を支援している。広報活動の目的は、家族を巻き込み、少女たちが2回目の接種に訪れるよう促すことだ。

ソーシャルワーカーがスラムの中を巡回し、2回目の接種が必要な女の子を探す。
ソーシャルワーカーがスラムの中を巡回し、2回目の接種が必要な女の子を探す。

「コミュニティ・モビライザー」と呼ばれる地元のソーシャルワーカーが、一人でも多くの少女に追加接種できるよう、スラムの街路を縫うように戸別訪問をした。合わせて、初回接種の際に登録された1万人の電話番号を対象に、2回目の接種を呼びかけるメッセージも配信した。

MSFとリカーンの診療所でワクチン接種を受ける少女
MSFとリカーンの診療所でワクチン接種を受ける少女

さらに、MSFとリカーンが貧困地域で開いているリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)と家族計画についての講習会で、この予防接種の重要性を改めて説明した。

リプロダクティブ・ヘルスについての講習会に参加する、貧困地区の女性たち。
リプロダクティブ・ヘルスについての講習会に参加する、貧困地区の女性たち。

何週間もこうした活動を続け、担当チームはすばらしい結果を出した。90%近くの少女が2回目の接種を受けたのだ。通常、患者が自分から保健医療施設へ来て予防接種を受ける形の集団接種では、2回目の接種を受けさせることのできる割合は60~70%という例が多いなか、予想を上回る成果だ。

MSFは接種キャンペーン中、マニラ市保健当局とモニタリングをし、問題は報告されていない。国境なき医師団のチームは必要な機材や人材を配置し、態勢を整えている。

お互いの髪をとかすエリエスとディアナ。2人とも無償のHPVワクチンを接種した。
お互いの髪をとかすエリエスとディアナ。2人とも無償のHPVワクチンを接種した。

巡回診療で検査と治療も

世界保健機関(WHO)の安全性に関するグローバル諮問委員会(GACVS)は、ワクチンが安全だという見解を示しており、大人になって子宮頸がんを発症する女性が減るように15歳未満の少女への接種を勧めている。2011年、フィリピン政府はHPVワクチンの接種を国の予防接種プログラムに入れ、2015年には取り組みを強化した。しかし、10代の頃にまだワクチンのなかった高齢女性は、現在、接種を受けている少女たちより子宮頚がんになる可能性が高い。

MSFとリカーンの巡回診療を受ける女性。
MSFとリカーンの巡回診療を受ける女性。

そこでMSFとリカーンは、スクリーニング検査と治療のプログラムも立ち上げた。担当チームは子宮頸がんに関する情報を提供し、トンドの診療所で相談や無償の治療に応じている。巡回診療も展開し、1人でも多くの女性を診療できるよう、マニラ市内の貧しい地域をワゴン車が走り回っている。

通常のスクリーニング検査にかかる時間はほんの3分だ。がん細胞に進行する前の前がん細胞が見つかった女性には速やかに凍結療法が行われ、それよりも進行したがんが疑われる場合には診断のため病院が紹介される。担当チームはそれぞれの段階で患者をサポートしている。2017年1月から9月までに1200人を超える女性がスクリーニング検査を受けた。

MSFとリカーンの巡回診療を受けた女性。
MSFとリカーンの巡回診療を受けた女性。

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