地中海:移民・難民が直面している10の危機——2016年
2016年12月09日掲載

中東やアフリカから地中海をわたって欧州を目指す移民・難民の流れは2016年も続いている。簡素な船やゴムボートでの航海中に海難事故に遭い、多数の死傷者が出るケースもあとを絶たない。国境なき医師団(MSF)は捜索・救助船3隻を運航し、沿岸諸国の行政・団体と連携して救助活動を続けている。
運航しているのは、ディグニティ号、バーボン・アルゴス号と。市民団体「SOSメディテラネ」と協働している「アクエリアス」号。4月から11月29日の期間に、3隻で計1万9708人を救助した。さらに、治療の必要がある7117人をイタリアまで搬送した。地中海で救助された遭難者の少なくとも7人に1人が、MSFによって救助されたことになる。
年間死亡者数が前年比1000人増に

1月~12月上旬までに、少なくとも4690人が地中海を漂流中に命を落とした。すでに前年比で1000人近く増えている。
欧州を目指す移民・難民が劇的に増えたから、というわけではない。リビア-イタリア間の最も危険な海域での死亡者数が増えたのだ。リビアから出航した人は、41人に1人の割合で亡くなっている。
こうした衝撃的な統計結果が出ているにもかかわらず、欧州の対応は、人命救助と欧州連合(EU)への安全な経路確立よりも、密航業者との"戦争"と入国規制の厳格化に終始した。
その結果、密航業者は、厳しい入国規制を避けるためにさらに危険な手段に訴えるようになり、より多くの命が失われる結果となってしまった。
使われる船がさらに劣悪になっている

MSFが救助した船は、質が非常に悪いゴムボート134隻と木造船19隻。中にはすでに亡くなっている人もいた。
2014年から2015年にかけてみられた大型木造船は姿を消し、代わりに使い捨てのような安物のゴムボートが多用されるようになっている。
密航業者は、こうしたボートで漂流しているうちに、公海上で捜索・破壊作戦を行っている多国籍軍に拿捕(だほ)されるだろうとたかをくくっているのだ。
現実は、劣悪な品質のボート内に乗船者が極限まで詰め込まれた結果、下敷きになって窒息死する悲劇が後を絶たない。また、船底には海水とガソリンが混じった水がたまり、そこでおぼれて亡くなった人もいる。
密航業者の残虐性が強まっている

MSFは何時間、何日も漂流した後に転覆したボートをいくつも目撃した。それらのボートからはモーターが奪われていた。密航業者か他の犯罪者によるものと考えられる。
生存者たちの証言では、ボートに無理やり乗せられ、数日から数週間も洞窟や水路のような場所で待たされていたという。その間にも、虐待、性暴力、殺人などが起き、拷問された人もいたようだ。
2016年に救助した人びとは、前年と比べ、救命胴衣、食糧、水、燃料など航海に必要なものが足りない状態で出航させられている。
一方、救助側は24時間体制を敷いている。密航業者が人びとを多くの小船に振り分け、さまざまな時間帯に出航させているためだ。そのうちのいくつかは拿捕されるかもしれないが、大半は警備網をかいくぐって救助されるだろうとみているからだ。
その結果、危険な夜間に救助活動を行ったり、1隻の救助船が24時間以内に10回の救難連絡に対応しなければならかったりと、救助活動の負担が増大している。
大勢の子どもが、保護者の同伴なしに単独で渡航している
救助されてイタリアに到着した人の16%は子どもだった。そのうち88%が、子ども1人だけで船に乗せられていた。アクエリアス号が救助した一家の家長はわずか10歳の少年だった。彼がおむつもとれないような弟妹を連れて乗船していたのだ。
救助者の中には妊婦も多く、その多くは性暴力被害に遭っている

妊娠中に乗船して救助直後に出産した女性もいる。ただ、すべてが喜ばしい妊娠というわけではない。出身国やリビアで出航を待っていたときなどに性暴力被害に遭い、その結果、出産にいたったケースも多いのだ。
MSFが救助した女性、特に単身で乗船していた人の多くが、リビアで性暴力を受けたことを証言している。そうした被害女性たちの心の傷は深く、強い恐怖心を抱いているため、救助船で移送中の限られた時間では、MSFスタッフにも話したがらない人も多い。
実は、移民・難民の間では性暴力に遭う危険性が知られている。中には、欧州を目指すことを決意してから避妊手術を受けた女性も人もいるほどだ。
2016年には、4人の赤ちゃんがMSFの救助船で生まれた。過酷な旅を思えばこれは奇跡的な幸運だった。救助船にはMSFの助産師も乗っていたからだ。分娩が救助される前に始まっていたり、医療従事者が乗っていない商船に救助されていたりしたら、どうなっていたかわからない。
MSFは密航業者を助けているわけでも、密航させているわけでもない

MSFは密航業者ではない。密航反対運動を行っているわけでもない。人命救助のために地中海にいる——それ以外のなにものでもない。
密航業者は世界で最も弱い立場に置かれた人びとを"食い物"にして利益をあげている。そのビジネスモデルが今なお成立してしまっているのは、欧州へわたるための安全で合法的な手段がないからだ。
さらに、リビアの情勢不安と経済危機も、密航業者のネットワークが拡大する原因となっている。
子どもや女性だけでなく、男性も深刻な問題を抱えている

救助者の中で、子どもや女性には特別なケアや注意を払う必要がある。しかし、男性もさまざまな問題を抱えている。その問題は往々にして、他人からは見えづらい。
徴兵を含め戦争にかかわりたくなかった、拷問を受けた、所属する部族などのグループが人権侵害を受けていた、同性愛差別を受けた、暴力や迫害を受けた、極度の貧困で生きていけないと感じたなど、男性が出身国を離れて欧州を目指す理由は多岐にわたる。
彼らの出身国は、パキスタン、ナイジェリやガンビアなどサハラ以南のアフリカ諸国、「アフリカの角」と呼ばれるソマリ半島周辺(特にエリトリア)、そして長年にわたって紛争が繰り返されて荒廃した中東と、広域にわたっている。
世界的にみれば欧州の難民受け入れ数はわずかだ

移民・難民の本音は、出身地域になるべく近いところにとどまることだ。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の調査では、難民の受け入れ数が多い国は、トルコ、パキスタン、レバノン、イラン、エチオピア、ヨルダン、ケニア、ウガンダ、コンゴ民主共和国と報告されている。これらの国で世界の難民の半数以上を受け入れている。一方、上位国に欧州は1つも入っていない。
欧州が受け入れている難民は、世界全体でみればわずかなのだ。それにもかかわらず、欧州は危機に直面している人びとを、さまざまな方法で域外に締め出す施策を続けている。
避難してきた人びとは"食い物"にされ、恐るべき人権侵害を体験している
移民・難民は、国を離れることしか道が残されていなかった人びとだ。暴力や虐待から逃れるにはそれしかなかったのだ。
MSFが聞き取りをした結果、老若男女を問わず、密航業者・武装勢力・その他の個人から人権侵害を受けていることがわかっている。
報告されているだけでも、性暴力や拷問を含めた暴力、拉致、非人道的な環境下での拘束や監禁、金銭の強奪、強制労働などがある。
リビアを出航したボートの拿捕では問題を解決できない
欧州を目指す人びとのリビア出国を禁止したとしても、事態は改善されない。むしろそれは、密航業者による人権侵害が今後も続くことを受け入れたも同然だ。
EU主導で策定された計画では、将来的にはリビア沿岸警備隊が、リビア領海内での捜索・救助、拿捕、強制送還といった"封じ込め策"を主導することになっている。
MSFの捜索・救助の経験では、外洋航海には適していない定員超過のボートを拿捕することは非常に危険だ。
リビアから欧州を目指す人びとを救助する際は、安全で穏やかな方法がとられるべきだ。また、安全な港での保護や援助が必要だ。リビア情勢を踏まえると、現地は移民・難民にとって適切な出航地とは言えない。
ディグニティ・ワン号は11月14日、バーボン・アルゴス号は11月21日に2016年の捜索・救助活動を終えた。冬期はリビア‐イタリア間の渡航が大幅に減るため。共同運航のアクエリアス号は残し、冬期も活動を続ける。再び渡航が増える2017年3月に捜索・救助活動を増強する予定だ。
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