フィスチュラ:蝶(ちょう)のように羽ばたいて——傷ついた女性の人生を回復するためのMSFの取り組み

2011年03月07日掲載

国境なき医師団(MSF)は、3月8日と9日の2日間、産科フィスチュラの治療の改善を目的とするワークショップをスイス・ジュネーブで開催する。世界で約200万人の女性が、フィスチュラという大きな恥辱をともなう状態に苦しんでおり、その多くはアフリカの女性たちである。

フィスチュラとは

「家に帰ったら毎日、踊り、歌い、祈って、ここで医師に出会えたことを神に感謝したい」と話した16歳のザナバ。 「家に帰ったら毎日、踊り、歌い、祈って、
ここで医師に出会えたことを神に感謝したい」
と話した16歳のザナバ。

「分娩の間に日の出か日の入を2回見てはならない」ということわざに反して、ほとんどの女性が自宅で出産するアフリカでは、出産前の果てしなく長い陣痛は珍しくない。産婦がようやく病院にやってきたときには、胎児にとっては手遅れのことが多いだけでなく、母親にとっても遅すぎる場合がある。

この試練を生き延びても、産婦の多くが体を痛める。産科フィスチュラは、難産が引き起こす深刻な症状の1つであり、骨盤付近の柔らかい組織が新生児の頭部に圧迫されることで生じる。血流が阻害されて組織が壊死(えし)し、膣(ちつ)と膀胱(ぼうこう)の間、膣と直腸の間、またはその両方に穴が開いてしまうのだ。その結果、尿や便の失禁が生じるようになる。フィスチュラを患った女性たちは恥辱のなかで暮らすことを余儀なくされ、地域社会や自らの家族からも疎外されることが少なくない。

世界では約200万人の女性がフィスチュラを患った状態で暮らしているとみられ、その多くはアフリカで起きている。しかし、問題の大半は目につかないままだ。フィスチュラになる若い女性は大抵が、産科医療をほとんど、あるいは全く受けることのできない貧しいへき地に住んでいるからである。

中央アフリカ共和国(以下「中央アフリカ」)で昨年MSFの治療を受けた16歳のザナバは、そんな女性の1人である。妊娠期間の終盤、ザナバが3日間も強い痛みを耐えた後、ザナバの母親は伝統的助産師を探しに行った。

7日目に、ザナバは1番近い病院までバイクに丸1日ゆられて運ばれてきた。到着したとき、胎児は既に死亡していた。若い母親の命は助かったが、長い難産のためにフィスチュラになっており、2度めの手術が必要となった。「フィスチュラという病気があることも、どうして起きるのかということも知りませんでした。でも手術を受けられてよかったです」とザナバは語る。

記事を全文読む

より多くの女性に産科医療を

手術の前後には尿の成分が濃縮することを防ぐため大量の水を飲まなければならない。 手術の前後には尿の成分が濃縮することを防ぐため
大量の水を飲まなければならない。

MSFは3月8日から9日にかけて、フィスチュラ治療の改善のためのワークショップをジュネーブで開催する。この会議は「国際女性デー」の日とも重なり、MSFや他の団体でフィスチュラの治療に関わる外科医や専門家たちが一堂に会する機会となる。

フィスチュラは予防可能な病であり、産科医療が広く普及している先進国では現在は起こらなくなっている。

フィスチュラの穴(ろう孔)をふさぐ手術は、デリケートで特殊な技術を必要とする。重症度にもよるが、手術には数時間を要する。フィスチュラ手術の技術を身につけるには長期にわたる専門的なトレーニングを受ける必要があるが、アフリカにはそうした専門施設はごくわずかしかない。

フィスチュラの治療には、外科治療のほかにもさまざまな側面がある。失禁が原因で皮膚に複合的な感染が起こり、つまり皮膚病を併発しやすい。また、お産の後に歩行困難になることもあり、家族などに疎外されて食事を十分に取れず、栄養失調になる場合もある。手術後にも失禁の後遺症がある場合には、理学療法によるリハビリが必要となる。心理ケアも、患者の女性たちが再び地域社会に戻っていくためには重要だ。

フィスチュラ治療キャンプ

中央アフリカのフィスチュラ・キャンプで手術を行うMSFのチーム。 中央アフリカのフィスチュラ・キャンプで
手術を行うMSFのチーム。

世界各国で活動する中で、MSFの医師たちは常にフィスチュラに苦しむ女性たちに向き合ってきた。2003年、MSFはコートジボワールとチャドでフィスチュラ治療のためのキャンプを初めて開催し、その後、シエラレオネ、ソマリア、コンゴ民主共和国(以下「コンゴ」)、中央アフリカ、マリで同様の活動を続けてきた。このような短期の治療プログラムを、現在はコンゴと中央アフリカで実施中である。

MSFオランダ支部で医療アドバイザーを務めるミヒル・レッケルケルケルは次のように語る。
「MSFは多くの場合、政情が不安定な地域や紛争中の地域で活動しています。短期のプログラムを組むのはそのためです。MSFの“フィスチュラ・キャンプ”は、キャンプという名のとおり、既存の病院の脇に2ヵ月という期間限定で設置されます。キャンプを設置する前に、フィスチュラを患う女性たちが診療を受けに来られるよう、地域住民に広報します。また、スタッフを雇用し、40~80床のベッドを準備します。通常はテントを使います。そして外科医が約1ヵ月間そこに滞在し、日に数件の手術を行います。こうした手法は柔軟性という点で優れており、短期間ならば参加できる専門医を見つけやすいのです。

ブルンジ、チャド、ナイジェリアでは常設のセンターを設置

チャド東部アベシェのバタフライ・センターで新しいスタートを待つ女性たち。(2008年撮影) チャド東部アベシェのバタフライ・センターで
新しいスタートを待つ女性たち。(2008年撮影)

またMSFは、ブルンジ、チャド、ナイジェリアでは常設のセンターを設置して産科フィスチュラを治療している。

最も新しい例は、ブルンジの中央部、ギテガの地域病院の脇のウルムリ・センターで、2010年7月に開院した。ブルンジ国内初のフィスチュラ専門センターで、週7日休みなく治療できる体制を敷き、患者が手術前から術後のリハビリ期間まで滞在できるよう、4棟の家屋も建てた。

MSFベルギー支部におけるフィスチュラ専門家であり、ギテガで多くの女性の手術を行った外科医、ヘールト・モレンはこのように説明する。
「こうした長期のプログラムでは、患者をよりよく観察することができ、治療を改善するための研究を行うこともできます。目標は、今後3年間、1年当たり350人の患者の手術を行うことです。また、この期間にブルンジ人外科医3人をフィスチュラ手術の専門家として養成し、このプログラムを保健省に引き継いでいく予定です」

ブルンジでは、このギテガのフィスチュラ専門センターに加え、MSFは別の地域に産科ユニットを設置した。ブルンジ国内で受けられる産科医療を改善することにより、フィスチュラの発生を防ぐことを目的としている。

チャドでは、東部のアベシェで2008年に“バタフライ・プログラム”を開始した。蝶(ちょう)という名前は、隔離された生活の後に手術を受けて新しいスタートを切る女性たちの変身を象徴している。2009年には、患者が数週間にわたる滞在のあいだ宿泊できるよう“女性ビレッジ”を設置した。初回の診察の際には、栄養失調の有無を調べるため、手術前の検査を行う。もし患者が栄養失調であれば手術前に治療する。手術後には女性たちが社会に復帰していけるよう、カウンセリングやリハビリの時間を設けている。

MSFはここではチャド人の外科医とともに活動している。セネガルの首都ダカールで医学を修める間に、海外から派遣されてきた専門医から学んで自らフィスチュラの専門知識を身につけたバランタン・バランディ医師だ。
「症例は1件毎に異なります。毎日学ぶことがあります。チャドではあまりにも多くの女性が既に不適切な手術を受けており、それが手術の過程をさらに複雑にしています」

アベシェでは、MSFはこのバタフライ・センターに隣接する地域産科病院も支援している。難産への対応の不備が新たなフィスチュラの発生につながることを防ぐために、産科医療を改善することを目的としている。

またナイジェリアでは、MSFは北部のジャフンの病院で保健省の職員とともに働いている。この共同チームは地域住民に産前産後のケアを提供している。この活動は、妊産婦と乳児の死亡率を下げるだけでなく、フィスチュラの予防と治療も目指している。2010年には、MSFのチームは400件のフィスチュラ手術を行った。退院後、女性たちは6ヵ月間の外来経過観察を受ける。フィスチュラが確実に治癒するよう見守り、排尿調節機能を保つことができるようにするためである。

MSFは2010年には、産科フィスチュラに苦しむ女性、合計約1000人の手術と治療を行った。

関連情報