東日本大震災5年:MSF寄贈の仮設診療所から、新診療所へ

2016年03月10日掲載

5年目を迎える仮設田老診療所の診療室 5年目を迎える仮設田老診療所の診療室

岩手県宮古市田老地区でも、国境なき医師団(MSF)は震災直後から、移動診療と心理ケアを開始。さらに、地区の宿泊施設「グリーンピア三陸みやこ」の3階に診療スペースを設置し、震災で田老診療所を失った医師、看護師と被災者の支援にあたった。また、2011年6月下旬からは同施設の2階に、診療室、レントゲン室など7室を備えた仮設田老診療所の建設をスタート。同年12月に、内視鏡・超音波検査機器等とともに宮古市に寄贈した。

震災から5年。今もグリーンピア三陸みやこで現役で稼働する、仮設田老診療所を訪ねた。

特集3.11:被災地に新たな1歩——震災から5年

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診療所職員とMSFで設計した仮設診療所

今もMSFと交流が続いて嬉しいと、船越祐子看護師長 今もMSFと交流が続いて嬉しいと、船越祐子看護師長

「震災から5年になりますが、この診療所はとても"仮設"とは言えないつくりで、快適に仕事をさせていただいています。建設当時、MSFの建築士・山住邦夫さんを中心に、建築業者さん、医師や看護師たちで何度も検討を重ねて設計しました。機能的で動線が整っていて、とても使い勝手がいいんです」と、田老診療所の看護師長、船越祐子さんと、上席臨床検査技師、山本弘美さんは声をそろえる。

同診療所の所長で医師の橋本祥弘さんは、通院する人の大半は震災後も地区に残った高齢者で、高血圧症や呼吸器などの慢性疾患が多いと言う。「肺炎や脳卒中といった急性疾患の場合には、二次病院である宮古病院に搬送し、容体が安定したのち、かかりつけ医である田老診療所に戻ってこられます。この冬はインフルエンザが流行って、住民の人だけでなく、復興のために全国から来ている建築現場の方たちも来院されました」

震災前も震災後も、田老診療所は地域のより所

山本トキさん(右)はじめ、日々多くの患者さんが来院する 山本トキさん(右)はじめ、日々多くの患者さんが来院する

震災前、旧田老診療所のそばに家があったという木村和子さんは、震災前からリウマチで診療所に通院していた。「月に1回、こちらに診療とお薬をもらいに通っていますが、今日は主人も腰の具合が悪いというので、近所の方にここまで送り迎えしていただきました。こうして病院が続いて、本当に助かっています。今は新しい住まいで暮らしていますが、昔の町はなくなり、妹と妹の孫は今も行方不明のままです。長いような短いような5年でした」

また、宮古市が運行する「患者バス」を利用して通院しているという山本トキさんは、「診療所にはずっと、高血圧と骨粗しょう症で通っています。先生や看護師さんが、とてもよくしてくださいます」と、ほほえむ。

新田老診療所が、6月に高台造成地に完成

建設中の新田老診療所。2016年夏に竣工予定 建設中の新田老診療所。2016年夏に竣工予定

現在、仮設田老診療所は、医師1名、看護師4名、検査技師1名、レントゲン技師1名、事務・受付4名、清掃1名の計12名の職員で運営されている。仮設田老診療所の事務長、中坪清見さんによると、現在、高台に造成中の新しい町に新田老診療所を建築中で、2016年6月に完成、8月の稼働開始を目指す。新田老診療所は、約600平米の木造平屋建てで、現在のスタッフで外来診療を続ける予定だ。

中坪さんは震災当時、宮古市田老総合事務所の所長を務め、MSFとの連携窓口で、仮設田老診療所建設の宮古市側の担当者でもあった。「新しい田老の町が出来上がり、住民の移転が完了するには、まだ時間がかかります。診療所も、やっとという思いです。MSFから寄贈いただいた医療機材はまだ十分使えるため、一部を除いて、ほぼそのまま新診療所で利用します。震災から5年経っても、こうして田老のことを覚えていてくださって、皆、本当にうれしく思っています」

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