東日本大震災5年:今も人が集う、支え合いと心理ケアのテントカフェ

2016年03月10日掲載

宮城県南三陸町歌津で今も続く「カフェあづま~れ」 宮城県南三陸町歌津で今も続く「カフェあづま~れ」

「震災直後、1万人近くが避難していた宮城県南三陸町から医療援助の要請を受け、約20ヵ所の避難所で移動診療を開始しました。避難所で暮らす6~7割が高齢者で、糖尿病や心臓病など慢性疾患のある人、不眠や不安感、めまいを訴える人が多くいました」。国境なき医師団(MSF)の先遣チームの現地責任者、道津美岐子看護師は、当時の様子をこう語る。MSFは4月には、臨床心理士がスタッフを務める「カフェあづま~れ」を南三陸町ベイサイド・アリーナ前に開設。6月初旬までに、約2200人がこの場所を利用した。

同年6月、MSFはその緊急援助を終えるあたり、カフェの施設と運営を南三陸町社会福祉協議会(以下、協議会)への引き継ぎを進めた。協議会の猪又隆弘事務局長は、「カフェとして設置していたテントを譲ってほしいという声はいくつもありました。その中から、地元のスタッフが地元の住民のために活用していきたいという私たち思いを汲んで、MSFが譲渡先に決めてくれました」と、当時を振り返る。

特集3.11:被災地に新たな1歩——震災から5年

記事を全文読む

引き継がれる傾聴と見守り

宮城県臨床心理士会のスタッフが、交替で支援する 宮城県臨床心理士会のスタッフが、交替で支援する

協議会は移設を進め、7月から南三陸町歌津の平和の森で、カフェあづま~れを再開。心理ケアは東日本大震災心理支援センターがバトンをつなぎ、宮城県臨床心理士会(以下、県士会)にその活動が引き継がれている。2011年10月から2016年1月までのカフェ利用者は、9万4155人にのぼる。

2011年12月からカフェ支援を開始した県士会の佐々木美奈子さんは、活動を続ける臨床心理士のひとり。「MSFがスタートし、心理支援センターに引き継がれた、臨床心理士であることを全面に出さない傾聴の姿勢は、大変よかったと思います。私たちもその向き合い方を続けて、適度な距離を置いた見守りの姿勢を基本としています」

「この5年間、個人によって時期はさまざまですが、行きつ戻りつしながら、辛い経験を少しずつ受け入れられているように感じます。3年くらい経ってから、一気にたくさんのことをお話になった方もいました。普段カフェでは世間話や愚痴やその時々の楽しいことなどが話題の中心です。皆さんが、支援される側から、もともとお持ちだった『おもてなし』の心を徐々に発揮される場面も増えて、気持ちの復興も進んでいると感じます」

支援スタッフも利用者も、カフェでの経験をこれからの日々に

歌津の仮設住宅に暮らす方々が、日々カフェを訪れる 歌津の仮設住宅に暮らす方々が、日々カフェを訪れる

テントは5年のうちに、台風や積雪で傷み、何度か修繕を受けながら使われ続けている。「ここに来れば誰かがいると心の支えとなり、集った人たちが友人となって胸の内を語り合い、互いの見守りにもなってきました」と、利用者に寄り添い続ける、協議会・生活支援員の千葉ユミさん。

協議会の猪又さんは、震災から5年を迎える今、南三陸町は次のステージに移る過渡期にいると語る。「支援を受ける側から、自立するステージへ。ハード面では、災害公営住宅への入居や高台移転が始まり、2年後には仮設住宅もなくなるでしょう。これから2年かけて、カフェあづま~れも、老人福祉センターの中に移していきます。ただ、ソフト面は、これからが踏ん張りどころです。仮設住宅に暮らす人びとの寂しさをどう受け止めるか、カフェはその役割をずっと担ってきましたから。はい、ここはなくなります、向こうへどうぞ、とはいきません。失ったものが大きい分、未来への安心を確実に持ってもらうことが大切です。だから、カフェは時間をかけて移行していきます。建物の中に作っても、利用者に敷居の低い場所になるように。今後はその役割も、被災者支援から、生き甲斐づくり支援へと変わっていくのです」

関連情報