拉致された後に、子どもも殺された 横行する暴力でついにはうつ病、PTSDに…

2018年11月07日掲載

ゲレロ州の村で活動するMSFの移動診療所で、患者の1人を相談室に連れて行くスタッフ。© Juan Carlos Tomasi/MSF
ゲレロ州の村で活動するMSFの移動診療所で、患者の1人を相談室に連れて行くスタッフ。© Juan Carlos Tomasi/MSF

武装グループによる衝突や抗争などが相次いでいるメキシコ南部・ゲレロ州のティエラ・カリエンテ地域。ゲレロ州の中でも最も暴力的な地域だと言われており、住民は常に暴力被害にさらされている。心の病にかかってしまう一方で、通常の医療サービスを受けられる環境にもない。診療所が閉鎖されている場所もあるためで、住民が医療を満足に受けられない状況が続いている。そうした現状を前に、国境なき医師団(MSF)は、移動診療の活動範囲を拡大している。

MSFでは現在、ゲレロ州イグアラ市を拠点に、移動診療活動を展開。プロジェクト・コーディネーターのヘルメル・チャリスは「暴力的な抗争が報告されている町に速やかに入り、緊急の医学的・心理的援助を行う」と話す。「遠い村の状況も追っています。現地には暴力が横行し、住民は何年も医師の診療を受けられずにいるそうです。ワクチン未接種の子どもや妊産婦も、医療の助けを全く受けられないでいます」

MSFは、住民が受けた暴力に応じて、心理的・社会的支援も提供している。ゲレロ州北部のある町では、この2年間、診療が閉鎖されていた。そこでMSFは、診療所の改装と医薬品の供給に協力。7月末には、12人が拉致されたという町を移動診療チームが訪問した。今も12人の拉致された被害者の行方はわかっていない。 

忘れられない心の傷

ゲレロ州では、子どもたちのためにもメンタルへルスの講習を実施している。© Juan Carlos Tomasi/MSF
ゲレロ州では、子どもたちのためにもメンタルへルスの講習を実施している。© Juan Carlos Tomasi/MSF

MSFの心理療法士アルベルト・マシンには忘れられない出来事がある。2014年、ある男性が拉致された。男性は、一家の長で、妻も子どももいたという。男性は拉致後、60人ほどの集団に入れられた。そして4ヵ月間も拘束された。他の拉致被害者が身代金のために、火あぶりにされたり、身体の一部を切り落とされたりするなど、殺人と拷問を目の当たりにしたという。

一方、男性家族は、男性が拘束されている間、失意のどん底だった。「家族は、遺棄された死体が見つかったという新聞記事を読むと、決まってその遺体に男性に結び付く点はないかを確認しに駆けつけていました」

幸い、男性は解放されたが、新たな悲劇が一家を襲った。子どものうち2人が、殺害されてしまったのだ。うち1人は、弟の目の前で殺された。男性は、最近も再び拉致されてしまい、深刻なうつ病を発症。家族も、心的外傷後ストレス障害(PTSD)になった。 

終わることのない暴力

ゲレロ州にある村の教会。とても貧しい場所でもあり、武力グループの衝突の影響も大きく受けている地域。© Juan Carlos Tomasi/MSF
ゲレロ州にある村の教会。とても貧しい場所でもあり、武力グループの衝突の影響も大きく受けている地域。© Juan Carlos Tomasi/MSF

シエラ・デ・ゲレロの町はずれでは、医師や看護師らによるMSFの移動診療チームが銃撃を目のあたりにした。やむなく、安全が確保できる地元の診療所への避難。診療所では、避難してきた負傷者2人を治療し、少女2人を援助した。少女はいずれもパニック発作を起こしていた。診療所に身を寄せていた他の地元住民にも対応した。

チームは発砲がおさまった後、無事に戻ることができた。しかしまた、同じ場所で活動できるように計画を立てる予定だ。6時間にもわたる銃撃戦があった町もあり、他の暴力が起きた場所も訪れることを考えている。

ゲレロ州と隣接するミチョアカン州に近いペタトラン山地でも、緊張が高まっている。ここでは8月末、激しい抗争があった。この一帯には、険しい土地が続き、舗装されていない道は、大雨が降ると通行もままならない。生活の貧しい住民がいる場所だが、訪問するのは容易ではない。

活動責任者セルヒオ・マルティンはいう。「現地にはたくさんのニーズがあります。長らく診療所が閉鎖されている場所でも、住民は地元を離れられません。遠出は危険なので、医療のために他の町に行くことは期待できないのです。状況が切迫するのは、襲撃や脅迫など暴力が頻発するとき。今がその時。精力的に活動していく必要があります」 

国境なき医師団(MSF)はメキシコ各地で多くのプロジェクトを展開し、医療・精神保健分野での援助を提供。2014年以降はゲレロ州アカプルコ市で、性暴力をはじめとする暴力被害者のための基礎医療と心理ケアに重点を置き活動。ティエラ・カリエンテ地域では2016年から移動診療を行っている。暴力被害者を対象とした保健医療にも力を入れている。州全体では月平均の診療件数は975件、精神保健相談件数は150件に上っている。 

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