5歳の少年は治療を受けられず…行き場のない患者に医療を届ける

2019年04月09日掲載

ハウィジャの1次医療施設で患者に対応するMSFの看護師 © MSFハウィジャの1次医療施設で患者に対応するMSFの看護師 © MSF

たくさんの人が、混み合った待合室で辛抱強く腰かけている。ここは、イラク北部ハウィジャ市の1次医療施設。国境なき医師団(MSF)が糖尿病、ぜんそく、心血管疾患などの慢性疾患患者を診療している。ハウィジャ市は武装勢力「イスラム国(IS)」に4年近く支配され、長期の包囲戦も起きた。軍の攻勢により、ISがハウィジャから退いたのは2017年10月。残されたのは破壊の町で、医療が必要な人びとは行き場を失った。 

望むのは普通の生活

ハウィジャの1次医療施設で診療を待つ患者 © MSFハウィジャの1次医療施設で診療を待つ患者 © MSF

物思いにふけるアフメドさん(仮名)の頭上で、青ざめたネオン照明がうなり、電力がたびたび停まる。 まだ35歳だが、その顔に刻まれたしわは、苦労と心労が積み重なった暮らしを物語る。妹のザイナブさん(16歳)は落ち着かないようすで隣に座り、膝を指で叩いている。頭を覆った青いスカーフから、黒い髪がこぼれ出ている。母親は高血圧を患っていて、2人は医師の所見を不安そうに待っているところだ。

母親の診察を待ちながら、アフメドさんは話す。「状況はよくなったものの、夜は外出禁止なので大変です。一昨日、母の血圧が上がってしまい、病院に連れてきたかったのですが、外出禁止令のせいでできませんでした。MSFがハウィジャにいると聞いて、母を助けてもらえると思って連れて来たんです」 

ハウィジャ総合病院の近くにある建物は紛争で崩壊した © MSFハウィジャ総合病院の近くにある建物は紛争で崩壊した © MSF

アハメドさん一家の村があるのは、ハウィジャ市からそれほど遠くないアル・リヤド地域。軍の攻勢が終了すると、地域外に逃れていた人びとは生活再建のために少しずつ戻り始めた。ただ、この地域は今も衝突が発生し、軍の検問所が点在する高速道路沿いは特に治安が悪い。

「ISの支配下だったころは、薬を手に入れるのに苦労しました。解熱鎮痛剤のパラセタモールが1箱で2万5000イラク・ディナール(約2300円)もするんです。そんな状況で暮らし続けるのは大変でしたが、逃げるのはもっと大変でした。山間部には地雷と爆弾が散らばっていて、そこを抜けようとした何人ものおじやその家族が、命を落としました。私は、母の健康状態がよくなかったし、自宅を守るために残りました。他の家族は何とか無事に山を越えましたが、それを理由に私と母は処刑されていたかもしれません。今はただ、普通の生活に戻ることだけを願っています」 

紛争で失われた医療

紛争により、ハウィジャ市は保健医療施設も破壊されてしまった。イラク保健省によると、キルクーク県の1次医療施設の35%が機能を失い、多くの人びとの医療ニーズが満たされていないという。ハウィジャ一帯の医療サービスの不足を受け、MSFは2017年12月に現地で活動を開始。当初は、イラクの健康・水の担当局と協力しながらハウィジャ南西にあるアバシ地区の帰還住民に、非感染性疾患の治療と清潔な飲用水を提供した。そして2018年4月にはハウィジャの1次医療施設と公立病院の支援に乗り出した。 

アバシの医療施設で治療を受けている5歳のマハムードくん © MSFアバシの医療施設で治療を受けている5歳のマハムードくん © MSF

ハウィジャから約18kmのアル・シャジャラ村出身のマハムードくん(5歳)は、2歳で糖尿病と診断されたが、ここ1~2年は定期的に必要な治療を受けていない。地域内で機能している保健医療施設がなく、治安も悪いためだ。軍による攻勢の際、ロケット弾が家のすぐそばで爆発。マハムードくんは耳をつんざく爆音におびえ、それから何ヵ月も経った今も、夜中に目が覚めたり悪夢を見て泣き叫んだりしている。マハムードくんは現在、診療のために月1回、アバシ地区のMSF医療施設に通っている。 

ハウィジャの1次医療施設で慢性疾患の患者を診療するMSFの看護師 © MSFハウィジャの1次医療施設で慢性疾患の患者を診療するMSFの看護師 © MSF

ハウィジャ市で活動するMSFの看護師、ゲダ・ジャシムは「慢性疾患治療のニーズが高いのは、病院で薬が足りていないのと同時に、人びとが薬を買えないからです」と話す。「MSFは、高血圧、糖尿病、ぜんそく、てんかん、心臓病などの慢性疾患の患者を受け入れています。こういった患者には、医療サービスが欠かせないのです」

ジャシム自身もハウィジャ出身だ。大変な苦難を味わってきた同郷の人びとを援助できることに、やりがいを感じている。「私の出身はハウィジャですが、ISに掌握されたのを機に、キルクークへ移り住みました。この場所に、MSFの医療チームの一員として毎日戻って来られることが嬉しいです。大きな援助を必要としている地元の人びとを、支えていると感じます。皆が背負っている苦労が少しでも軽くなるといいのですが……」 

MSFはハウィジャとアバシで非感染性疾患の診療、心理ケアの支援のほか、健康的な体重維持や身体活動などに関する講習や助言を行っている。2018年、ハウィジャの1次医療施設では、1580人以上の慢性疾患患者が受診し、1820人以上が慢性疾患、性と生殖に関する健康、心理的応急処置(PFA)、風土病についての講習会に参加した。アバシの1次医療施設では、1330人以上の慢性疾患患者が受診し、6000人以上が健康講習会へ出席、253人が心理ケアを受けた。

MSFはイラク1974年から活動。1991年以降はバグダッド、ディヤラ、アルビル、キルクークの4県で1次・2次医療、妊婦と産褥期の母親への対応、慢性疾患の治療、外傷患者の外科処置とリハビリ、精神保健支援と健康教育を提供している。キルクークの活動は2009年に開始。2017年には、紛争による医療・人道援助ニーズに応じ、県境のディビスとマクタブ・ハリドへの移動診療や、ダクーク・キャンプでの非感染性疾患治療・心理ケアの支援・健康講習会、アザディ総合病院とキルクーク総合病院の救急部門の補佐を行った。 

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