薬が効かない…多剤耐性菌に感染した患者たち

2019年02月13日

MSFの病院に入院する多剤耐性感染症になったサアドさん。© Candida Lobes/MSFMSFの病院に入院する多剤耐性感染症になったサアドさん。© Candida Lobes/MSF

イラク北部の都市モスルの術後ケア・センター。国境なき医師団(MSF)が2018年4月、モスル東市街に開いた施設だ。サアドさん(46歳、仮名)はベッドに腰掛けてぼんやりと窓を見ていた。ガラス越しに、日向ぼっこを、しばらくの間楽しんでいる。 サアドさんが一人いるのは隔離室だ。ついさっきまで医師がいて、日課となっている診察を終えたばかり。診察した医師によると、近いうちにまた手術を受けることになるらしい。事故から、これで4回目の手術だ。

サアドさんはモスル出身。先祖代々、この地で暮らしてきた。だが、自宅のある地域で爆弾が爆発したとき、人生が大きく変わった。サアドさんは、出勤のため、車に向かって歩いていた。「その日は本当に暑い、曇りの朝でした」とサアドさんは思い出す。「突然、爆発があって吹き倒されました。その場で意識がなくなりました」。命は助かったが、サアドさんは足に大けがを負った。手術のため、サアドさんは病院に連れて行かれた。「最初の手術は、再び歩けるようにする目的のものでした。でも回復には大きな痛みを伴い、合併症もありました」とサアドさん。

その後の生検の結果、サアドさんは多くの抗菌薬(抗生物質)に耐性を持つ菌に感染していることが分かった。

医師の処方箋なしに手に入る抗菌薬

サアドさんの例は決して珍しくない。モスル東市街にあるMSFの術後ケア・センターで受け入れている患者の約4 割は多剤耐性感染症になっている。

抗菌薬耐性はイラク全国で問題となっている。抗菌薬耐性の発生数はイラクでとりわけ高く、中東各地でみられている。世界中の多くの国々で問題になっており、MSFの活動地も例外ではない。抗菌薬耐性の問題は、公衆衛生分野で、今世紀最大の課題になっている。

細菌に感染した人は通常、抗菌薬による治療を受ける。現在流通しているなかで、細菌に対し、唯一効果を発揮する薬だ。だが、細菌は薬に適応して生き延びようとする。この適応・生存能力が、いわゆる抗菌薬耐性だ。抗菌薬の使いすぎや、誤用が原因であることが分かっている。

抗菌薬は、多くの低中所得国で市販されている。医師の処方なしに手に入るため、使いすぎと誤用が起こり、あちこちで問題になっている。抗菌薬耐性は、人の健康に大きな影響を及ぼしている。抗菌薬が効かなくなれば、危険すぎるため必要な処置は行えなくなる。抗菌薬耐性は、暴力や事故による外傷でけがをした患者の回復も難しくしている。MSFが、モスル東市街で治療している人たちも、そうした患者だ。 

抗菌薬耐性への取り組み

モスルにあるMSFの術後ケア・センター。© Candida Lobes/MSFモスルにあるMSFの術後ケア・センター。© Candida Lobes/MSF

MSFの術後ケア・センターでは、抗菌薬を適正に使うことを推進する他、感染予防対策(IPC)を導入。薬剤耐性感染症の影響を、最低限に食い止めようとしている。「センターに入院している患者の間で、多剤耐性感染症が広がらないようにすることが必要です」とIPCに関するMSFの顧問、アン・カルワーツは話す。こうした対策の中には、手洗いの徹底など、ごく簡単なものも含まれる。

「手を清潔に保つことは、医療機関におけるIPC対策から感染拡大予防まで、最も大切なことの一つです」

他の患者らとの接触する機会を減らす対策も欠かせない。多剤耐性感染症患者には、間仕切りの少ない病棟ではなく、個室が与えられ、隔離される。他の患者や医療スタッフに病気をうつさないためだ。他にも、ゴム手袋やガウンなどの個別使用、患者の移送・移動の制限、患者の個室の清掃と定期消毒——などがある。

心理ケアと健康教育の大切さ

個室で隔離された薬剤耐性感染症患者は、心理的負担を得る可能性が大きくなる。「他の患者らとの接触を防いでいる患者らの中には、他の患者よりも大きい不安や怒りなどを感じ、うつ状態になっています。患者の多くはショッキングな出来事を経験している上に、隔離されたことで、考える時間ができるからです」とMSFの心理療法士、オリヴェラ・ノバコビッチは話す。

「患者の年齢や学歴などに合わせて、個別の心理ケアプログラムを作っています。これにより、患者さんはどうして隔離されているか、また薬剤耐性とは何か分かるようになります。自然と治療法を守ってくれるようになるんですよ」

他にもMSFは、患者と、患者を支える介助者の間で、多剤耐性感染症を知ってもらう活動にも取り組む。

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