海外派遣スタッフの声

座右の銘は「鈍感力」: 日並淳介

ポジション
外科医
派遣国
ナイジェリア
活動地域
ポートハーコート
派遣期間
2010年4月~5月

なぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

学生時代から目標としており、ある程度準備が整ったため参加することができました。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

医師になって14年めです。それまで一般外科および救急に携わっていました。
中規模病院で地域医療に携わりながら、外科、救急領域の幅広い疾患を経験したことや、救命センターでの外傷診療の経験が非常に役に立ちました。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

日並医師が働いていたポートハーコート
のテメ病院(2007年4月撮影)。

ナイジェリア、ポートハーコートは石油が出るため、職を求めて多くの移民が集まり、人口密度の高い都市が形成されています。しかし、日本のように交通整備ができておらず、多くの交通外傷が発生しています。そのような中、貧困や医療・福祉環境の立ち遅れにより、多くの患者は十分な治療が受けることができません。外傷の後遺症によっては仕事ができないため、経済的に困窮してしまいます。MSFはこのポートハーコートで、外傷患者に無償の医療を提供するプログラムを行っています。

仕事場は約80床の、コンクリート製3階建ての立派な外傷病院でした。多くの外来患者のほか、入院は1日あたり平均8人程度ありました。入院患者の8割程度が交通外傷で、ほかに、銃創、大型ナイフによるけがなどの重症外傷が1割ぐらいありました。

自分は一般外科医として毎日朝8時から、夜7時ぐらいまで手術室で働いていました。3人いるはずのMSF医師が自分のみだったため忙しい日々でした。忙しくはありましたが、忙しさは日本人ならなんとかなります。手術は、整形外科の手伝い(四肢の開放骨折創、つまり皮膚にあなが開いて骨折部まで見える骨折の処置など)が最も多く、ほか皮膚移植などを合計1日7~8件していました。

銃創などによる外傷開腹症例は1ヵ月で7件ありました。日本の感覚では、かなり多い数です。銃弾による右総腸骨動脈*1損傷、後腹膜*2血腫、出血性ショックの患者さんに対し、開腹、血管修復、サイロクロージャー*3行い、元気に退院していただけたのは嬉しかったです。多くの症例は自分ひとりで対応しないといけないので緊張感がありましたが、非常にやりがいがありました。

診療においては、同じ疾患であっても日本とは環境が違うので、あまり型にはまらない柔軟なスタンスが求められました。銃創患者の治療やエコーなしの膀胱穿刺(ぼうこうせんし)*4など、日本では経験しがたいケースが多かったです。

  • 脚へ血液を供給する動脈。
  • 腹膜とは腹腔と腹部の臓器を覆っている膜。後腹膜は腹膜の後方部を指す。
  • 腹壁をビニールバッグを用いて一時的に膨らみを抑え、閉腹する方法。
  • 尿道に障害がある場合に、恥骨上から皮膚を通して膀胱に針を刺し、尿の排泄を行う処置。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

日曜以外は朝から晩まで働き、毎夜ビールを飲んでいました。
日曜は午前のみの仕事で、午後は近くのプール付きレストランにみんなで行きました。
BBQをしたり、バーに飲みに行ったりで、雰囲気はよかったです。
ほかのMSFスタッフはフランス、アメリカ、コロンビア、オーストラリア、タイ、ニュージーランドなどから来ていました。明るく、いい人たちでした。

現地での住居環境についておしえてください。

立派な個室がもらえました。お湯の出るシャワーもあり快適でした。食事もおいしかったです。ただ、暑かったです。もちろんエアコンはないです。過ごした印象では決して物騒ではなかったですが、治安が悪いとのことで外出制限がありました。ほぼ、住居と病院の行き帰りのみでしたが、十分楽しめました。

よかったこと・辛かったこと

テメ病院の内部の様子(2007年4月撮影)。

かなり楽しかったです。明るく陽気で開けっ広げな、日本にはいないタイプの人たちと一緒に仕事ができたのは貴重な経験でした。あちこちで歌を歌ってダンスをしていました。

辛かったことですが、英語は、やはり苦労しました。しかし、語学で苦労しない海外派遣スタッフはいないです。いろいろなアクセントの英語があるため、アメリカ人でさえもナイジェリアの英語は理解できず、かなり苦労していました。わからなくても気にしないスタンスが重要でした。
言葉や文化の違いで、看護師とコミュニケーションをとるのは大変でした。言われたこと以外はしない、自己主張が激しい、よく看護師同士で大声で言い争っている、などが日常茶飯事で、あまり気を使っているときりがない状況でした。派遣中の座右の銘は「鈍感力」でした。

派遣期間を終えて帰国後は?

もとの病院で働きながら、次の派遣への準備をしています。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

「完璧な準備」というものはありません。思い切って行けば何とかなります。貴重な経験ができますよ。

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