海外派遣スタッフの声

紛争地の前線で負傷者を治療: 久留宮隆

ポジション
外科医
派遣国
イエメン
活動地域
アムラン州ハミール
派遣期間
2010年11月~12月

なぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

私が初めてMSFに参加したのは7年も前になりますが、その時参加を決意したのは、日本での日常診療や自分の仕事に対するモチベーションなどさまざまなことに対して疑問を抱き、医師として原点にもう一度立ち帰りたいという理由からでした。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

私は肝胆膵(肝臓、胆道、膵臓)を中心とした一般外科医として20年以上、地域の中核病院で仕事をしてきました。海外での外科医の仕事は救急的なことが多く、日本国内での待機手術とは全く異なっています。しかし私の場合、若い頃に一般外科医が頭部の手術をしたり、整形外科的な手術をしたりすることもあったため、そういった経験を生かせました。また、派遣前に産婦人科の先生にお願いして帝王切開などの産科手術を経験する機会をいただいたことも、活動ではおおいに役立ちました。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

内戦や紛争の近隣地域で負傷者を治療。

外科の活動でした。イエメンの北部ではいまも紛争が起きていて、MSFは現地への立ち入りを許可されていません。しかし私たちは、内戦や紛争で傷ついた人たちを治療するために、少しでも前線に近いところで、北部から避難してくる人たちを治療する準備をしていました。近隣地域での負傷者(刺創、銃創や被弾による負傷者など)を治療しながら、北からの避難民を待ち構えている状態でしたが、幸い私がイエメンにいた頃、治安は比較的落ち着いていて、あまり避難民が認められなかったため、それほど多忙ではなく落ち着いた日々を過ごせました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

危険なので夜の一人歩きは禁じられていましたが、昼間は比較的自由に出歩くことができ、現地スタッフとともに近くの市場などに行って買い物をしたりしました。

現地での住居環境についておしえてください。

建物は石を積んだもので、コンクリートで補強されているしっかりした住居でした。水や電気は使えますが、ときどき停電します(必要に応じて自家発電を行っていました)。また、土地が4000mと高いため気温が非常に低く、イエメンという国は暑いものだと錯覚していた私にとっては予想外の環境で、現地でジャケットやセーターを買って何とかしのぎました。日本やヨーロッパの冬ほど寒くはないのですが、室内に保温設備がないので、家の中も冷え冷えとした感じでした。シャワーは使用できましたが、電気が切れて温水が出ないときには、寒くてシャワーを浴びられないような状況でした。

よかったこと・辛かったこと

よき仲間のスタッフと活動の意義や喜びを共有。

いつもながら、現地スタッフと仲よくなれること、患者さんたちと喜びを共有できることが何よりも嬉しかったです。つらいことは特にありませんでしたが、個人的に寒いのだけはちょっと勘弁……といった感じでしょうか。

派遣期間を終えて帰国後は?

帰国後はもとの病院で仕事をしています。MSFの活動に参加した当初は毎回、病院を辞めて行かなければなりませんでしたが、現在の病院は私の仕事に大変理解があり、一定期間お休みをいただく形で活動に参加できています。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

とにかく、実際にフィールドに出ていろいろな経験をすることが一番です。いつも楽しいことばかりではありませんし、私など初めての海外派遣時には1週間で帰りたくなりました。しかし、それを乗り越えてさまざまな経験をすることで、多くのことが見えてきます。ぜひ活動を楽しんでほしいと思います。

MSF派遣履歴

派遣期間
2004年5月~2004年8月
派遣国
リベリア・モンロビア
ポジション
外科医
派遣期間
2004年10月~2004年12月
派遣国
シェラレオネ・マグブラカ
ポジション
外科医・小児科医
派遣期間
2009年1月~2009年3月
派遣国
ナイジェリア・ポートハーコート
ポジション
外科医
派遣期間
2009年8月~2009年10月
派遣国
スリランカ・マニク農園
ポジション
外科医

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