海外派遣スタッフの声

治療機会のない患者さんに自分の技術を:中川崇

ポジション
形成外科医
派遣国
パレスチナ
活動地域
ガザ地区
派遣期間
2009年5月~2009年6月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

「出来ることは全部やりましょう。やらない理由を探す暇が
あるほど人生長くありません」とは中川さんの弁。

ただ一つ、自らの手術技術で他人に貢献したいからです。もちろんMSFの海外派遣以外にもその方法はあり、日本人である以上まずは日本での貢献が第一であるのが当然です。日本で貢献できない人が海外で貢献できるはずがありません。しかしながら医療行政や国民意識の問題から、特に外科医の能力を患者さんへの貢献に思うように活かせない状態になっています。そしてさらに内外の医療資源や技術の不均衡を鑑みれば、外科医は適切な頻度の海外派遣によってその貢献の度合いを大きく上げることができます。まさに、この貢献の度合いを大きく上げることが目的です。幸いなことに、これまでの派遣で僕はその目的を十分果たすことが出来ました。
また当然のことながら、海外派遣には周囲の同僚や上司の理解が必要不可欠の要素でした。この場を借りて感謝の意を表したいと思います。
また日常と異なる環境で働き、多様な人やたちと関わり合いたいという個人的な気持ちもありますが、まずは患者さんへの貢献という第一目的を果たした上での副次的な要素です。国際交流も海外派遣の重要な成果となりえますが、まずは現地の人たちに貢献しなければそれもままなりません。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

大学の形成外科医局に所属しながら関連病院を回り、はじめの数年は形成外科技術を中心に救急医療や外科内科などの一般医療も修練しました。現在は形成外科診療がメインですが、救急医療にも携わっています。2年前に一度MSFのヨルダンへの海外派遣に参加しました。イラクの戦争被害者の外科治療のためです。形成外科医として主に外傷や先天奇形に関わることが多く、これらの疾患は政情不安定な地域では専門家が不足しがちで、特に戦傷患者の治療には活かすというよりも必須の経験と言えました。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

中東のパレスチナのガザ地区で軍隊による攻撃で負傷した一般市民を外科的に治療するプログラムです。MSFは従来から数十年にわたって同地区で住民の心理学的治療をメインに行なってきましたが、2009年1月のイスラエル軍による大規模な攻撃をきっかけに臨時にこのプログラムを開始しました。当初は数ヵ月で終了する予定だったようですが、ひどい外傷治療には大変時間がかかり、また外科医が不足していることも影響して現在も同プログラムは継続中です。僕の仕事は手術です。ケガによって固まってしまった関節を動くようにしたり、爆弾の破片を取り除いたり、お腹や腰に開いた穴を皮弁という形成外科の手術によって塞ぐことでした。政治的、経済的理由、そして医療技術の不足からMSFの活動がなければ治療される機会のない患者さんばかりで、形成外科医としてのこれまでの経験を十分に活かすことが出来ました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

僕の滞在期間は短く、滞在前後に代わりとなる外科医も派遣される予定がなかったため、現地の責任者に僕の滞在期間中に休暇なしに集中的に手術を実施すべきと進言したのですが、残念ながら断られてしまいました。そのため休暇中は、書類を書いたり、調べものをしたりといったことで過ごしました。安全上の問題から海外派遣者の外出は厳しく制限されていましたので、前回のヨルダンのように遠出したり町歩きしたりといったことは出来ませんでした。ただ、赤十字や他のNGOのメンバーと何度か一緒にご飯を食べる機会があり、そのためのバーベキューの準備などはよい思い出となりました。

現地での住居環境についておしえてください。

MSFは海外派遣者の住環境には最大限の配慮をしてくれます。とても広いアパートメント、お湯の出るバスルーム、毎日おいしい食事を作り、洗濯してくれるハウスキーパー、いつも飲み物が用意されている冷蔵庫。日本の僕の家よりずっと快適でした(笑) ただし欧米人のスタイルに合わせたものですので日本人には慣れない所があり、最初は慣れるのに苦労しました。

良かったこと・辛かったこと

派遣終了時には、オペ室のスタッフからパレスチナ国旗へ
の寄せ書きをもらったそう。

今回の派遣は3週間と短かったのですが、オペ室のスタッフからパレスチナ国旗への寄せ書きをもらい、皆がまたいつか来いといってくれたことがとても嬉しかったです。辛かったのは、短い滞在なのに上記の通り休みや日程の都合で5日ほど手術が出来なかったことです。

派遣期間を終えて帰国後は?

夜に成田に着きましたが、翌日から病院で仕事していました。他のほとんどの日本の外科医と同じように、僕も本来は海外派遣するような時間をとれる立場ではありません。パズルのように仕事の予定の空きを寄せ集めて派遣のための時間を作っています。当然、派遣が終わったからといって休んだり充電期間を作るような余裕がないのです。もちろんこれは派遣が短期だからで、長期ですとこういうわけにはいかないかも知れません。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

出来ることは全部やりましょう。やらない理由を探す暇があるほど人生長くありません。

MSF派遣履歴

派遣期間
2007年5月~2007年6月
派遣国
ヨルダン・アンマン
ポジション
形成外科医