海外派遣スタッフの声

念願の活動参加で貢献を実感:城倉雅次

ポジション
整形外科医
派遣国
ナイジェリア
活動地域
ポートハーコート
派遣期間
2009年1月~2009年2月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

医療による国際協力・援助ということについては、ずっと以前より何らかの形で関わりたいという願望がありました。きっと四半世紀も前にパキスタンの最奥の村で不法医療行為を行った時からでしょう。83年にカラコルムの未踏峰へ登山遠征に行ったんですが、まだ医学生だったのにもかかわらず医師と登録していたので、村民の診療をしなくてはならなかったんです。医療から隔絶された地で見た村民の悲惨な状態と、それに対し何もできなかった自分―その時の記憶が生涯忘れられず、自分の中にくすぶり続けていたのだと思います。

そして5年前、職場を変わるのを機会に、以前から参加したいと思っていたMSFにようやく応募したのですが、当時整形外科だけのプログラムは無く、あきらめざるをえませんでした。その後、徳洲会病院にお世話になり、TMAT(徳洲会医療援助隊)の活動を近くで見る機会が増え、今度は災害地での医療援助への参加を希望するようになりましたが、これも仕事が忙しくとても機会はありませんでした。

かなわない願望にストレスが鬱積していた昨年、MSFのニュースレターで整形外科医も海外派遣されているのを知り、いてもたまらず再びMSFにコンタクトを取り、それが今回の派遣につながりました。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

整形外科一般何でもしてきましたが、専門的には手の外科、外傷の初期治療と二次再建、とくにマイクロサージェリー(微小外科=微小血管吻合を行うことで、体の一部の欠損を体の別の部位から採取した組織で置き換える技術)による、欠損部分の再建・修復をライフワークにしていました。そのため大学形成外科にも数年在職していたことがあります。具体的には、切断した指をつなげたり、無くなった指を足指の一部を使って作ったり、大きな骨や皮膚の欠損部を、血管付きの骨や皮弁移植により閉鎖したりです。自分では整形外科医というよりも再建外科医だと思っています。

こうした究極的な手段を含む高度外傷治療に長くかかわってきて、骨軟部外傷治療のノウハウに広く通じていたことは、現地にあふれていた広範囲組織欠損を呈する患者さんの治療方針決定に、非常に役立ちました。まさしく自分のためのミッションであったと感謝しています。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

手術中のショット。一般外科の久留宮先生と。奥
はハンガリーの麻酔科医クリスティーナ。お二人
とも大変お世話になりました。

整形外科外傷治療のプログラムです。ナイジェリアの南東部、いわゆるニジェール・デルタはアフリカ有数の油田地帯ですが、石油の利権をめぐる、政治・宗教・犯罪組織間の抗争、恩恵が得られず貧困にあえぐ地元住民の不満、1967~1970年にかけてあったビアフラ内戦以来当地に根強い民族間対立、等が複雑に絡み合い、銃火器による暴力的外傷が絶えない地域だそうです。加えて交通外傷も大変多く、整形外科の需要が非常に高いにもかかわらず、今まで一般の人々が容易にかかれる外傷病院がありませんでした

そこで2005年からMSFがポートハーコートに外傷治療専門の病院を作り、無料で治療の提供を始め現在に至っています。ここでは、途上国ではまだ行われているところの少ない、大腿・下腿の骨接合に髄内釘という金属の棒を挿入する手術を2006年から導入し、加えて術後リハビリにも力を入れ早期退院・早期社会復帰を目指した治療が展開されています。

今回、昨年からバイクの乗車規制が厳しくなり、バイク事故は激減したと聞きましたが、それでも日々運び込まれる、車による交通外傷と銃による外傷の患者さんは後を絶ちませんでした。それも、レントゲン写真や創を見るとめまいがするような、とんでもなくひどいのが多かったです。日々の予定手術は、必ず一部が緊急手術に変更となり、待てる患者さんの手術はどんどん延期せざるをえませんでした。頑張っても一日3~4件の手術がやっとでしたから、手術しても手術しても毎日患者さんがたまっていくという状態でした。

ここで使う骨接合用の髄内釘は、途上国向けに作られた特殊なもので、器械・手技はシンプルなのですが、器械をあまり使わない半面、腕力が必要で大変疲れます。開放骨折の骨固定に使う創外固定器も途上国向けの独特のもので、よくできているのですが設置に腕力が要ります。骨固定用の鋼線を切るカッターも小さすぎ、締結用のワイヤーは太いものしかないのにそれをねじるペンチは小さすぎる。日々の手術の大部分を占める骨の手術は、力のいる要素ばかりで疲労困憊、連日前腕は筋肉痛と腱鞘炎一歩手前という状態でした。おまけに夜間の緊急手術もあったりして、体力的にはかなりハードな活動だったと思います。

開放創(注1)や感染創(注2)を持つ患者さんも多く、80人くらいいる入院患者さんの2~3割くらいを占めていたのではないかと思います。かなりの人に頻回の創洗浄や植皮が必要でしたが、こちらは一般外科の先生にお願いせざるをえませんでした。ただし骨が露出している症例は、できるだけ皮弁(注3)による閉鎖を考慮するようにしていました。

結局、実質5週間で、85例94件の手術を行いました。8割以上が骨の手術で、他は神経縫合や腱縫合、皮弁移植などです。夜間の呼び出しは4回あり、うち2回が夜通しの緊急手術となりました。麻酔科の先生をはじめ一般外科の久留宮先生、OTナース(手術室看護師)の鈴木操さんには、深夜の手術にお付き合いいただき、大変お世話になりました。

(注1) 組織が露出した傷。
(注2) 感染をきたした傷。
(注3) 移植用組織。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

最初の数週は、疲れ果てて寝ていることが多かったです。土日の夜はよく近くのレストランへ行き、ビールを飲んでいました。プール付きのレストランへも何回か行きましたが、水着をもっていかなかったため、泳げなかったのが残念でした。暑かったのでさぞ気持ち良かっただろうと思います。

現地での住居環境についておしえてください。

自分の部屋のシャワーを使わせてくれた、フランス
の麻酔科医ドミククと。感謝!

ポートハーコートのわれわれの宿舎は、2棟で12室はあったのですが、私が着いた時にはメンバーが12人を超えており、私は最初の数日間をトイレ・シャワーの無い予備の部屋で過ごさなければならず、これは大変辛かったです。でも隣の麻酔科の女医さんが自分の部屋のシャワーを使わせてくれたのが大変うれしく、感謝しています。シャワーは最後まで水しか出ませんでしたが、寒くないので不快ではありませんでした。でも湯船につかりたい欲求は日ごとに強くなり、派遣終了後の大きな楽しみとなっていました。

食事は大変おいしく、昼食・夕食とも毎日楽しみでした。インターネットもメールも遅いけれど一応使えましたし、自分でSIMカードを買う必要はありますが、携帯電話も借りることができたので、日本との連絡は結構とれたと思います。ただ、セキュリティの問題から、スーパーなど近所の限られた場所にしか行けず、自由に街を歩けなかったことに、かなりの閉塞感を感じていたことは否めません。帰途ロンドンの街で、夜自由に安全に外を歩ける幸せと平和のありがたさをしみじみと感じました。

良かったこと・辛かったこと

最強外科手術チーム。左からクリスティーナ、
久留宮先生、OTナース(手術室看護師)の鈴木操さん、
私、ブルンジの麻酔科ナースのアルフォンス。

良かったのは、設備的にも器械的にも制限が大きい環境で、多くの困難な骨折も大部分で可能な限り満足のいく整復ができ、数例の骨露出創を皮弁で被覆することができ、最後には持参したマイクロ用ルーペと器械を用い、これまた念のため持参したマイクロ用縫合糸(8-0)を使って、銃で撃たれて穴だらけになった大腿動脈に伏在静脈移植を行う血行再建までできたこと。まさかマイクロサージェリーをナイジェリアですることになるとは思っていませんでしたから。自分の技術・能力を最大限発揮した治療を行えたのがやっぱり一番うれしく、良かったことです。自分なりに少しは貢献できたかなとも思います。

辛かったのは、骨の接合術全般に、先に述べたように腕力が必要なため、非力な自分には大変だったこと。最初の手術だった大腿骨の髄内釘挿入で、いきなり手の平の皮が3ヵ所むけてしまい、治るまで1週間ほど痛かったこと。写真を撮ることが極度に制限されていたので、一部の症例については記録を残せなかったこと。外表面を治す治療は、治療前と治療後の画像を残しておかないと、後で来た先生も何をやったかわからないと思うのですが。でも一番辛かったのはやっぱり英語が話せず、聞き取れないことでした。かなりトレーニングはしていったつもりでしたがダメで、これにはかなり落ち込みました。

派遣期間を終えて帰国後は?

数日休養を取らせていただき、休職扱いにしていただいていた元の病院に復職しています。適当なプログラムと機会があれば、またいつか参加したいとは考えています。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

応募をしてから派遣が決定し日本を出られるまで、数多くの書類作成と数回の予防接種という面倒を乗り切らねばならず、モチベーションの維持も大変かもしれません。このサイトでも眺めてモチベーションを維持し、とにかく出発まで漕ぎつけてください。きっと素晴らしい体験が待っています。でも、行くと決めたなら英語だけは今からでも始めましょう。出来るだけ普段から生の英語の日常会話に接する必要があると思い知らされました。日本人にとって、やっぱり一番苦労するのは英語、習得に一番時間がかかるのも英語ではないでしょうか。ただ、何とかはなりますので、英語が不得意だからというだけで参加をあきらめることはないとは思います。

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