海外派遣スタッフの声

2度目のナイジェリア派遣で感じたことは: 堀越泰三

ポジション
整形外科医
派遣国
ナイジェリア
活動地域
ポートハーコート
派遣期間
2010年8月~9月

なぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

私にとって3回目の海外派遣です。2006年のパキスタン地震緊急援助プログラムをはじめとして、2009年にも今回と同じナイジェリアでのプログラムに参加しています。詳しい内容は2009年の「派遣スタッフの声」に紹介しましたので、ここでは補足の報告をします。

日本は世界的に見ても豊かな国だと思いますが、一方、世界には本当に恵まれない人びとがいます。彼らが健やかに生きるための手伝いをしようと思ったこと、そして私自身が漠然と抱いていた未知なる世界への憧憬や畏怖を現実に体感したかったことが、参加の理由です。単に寄付金を時おり送るだけではなく、「自分で体を動かして貢献を」という考えからでした。批判をおそれずに言えば、“ささやかではあるけれども自分の元気を分け捧げる”という意味では、献血の延長のようでしょうか。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

既におよそ1ヵ月を過ごした経験がある土地なので、よい面も悪い面もある程度は理解していました。病院には前回からの顔見知りが多く残っており、その点で非常に溶け込みやすかったです。言葉に関しては、現地スタッフの指導のおかげでナイジェリア英語にもかなり詳しくなり、時には新しい派遣スタッフに通訳を買って出ることもありました。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

開放脱臼骨折の緊急手術を行った患者を回診中。

前回の報告では“100床の二~三次救急病院で整形外科の1人医長が奮闘するよう”とたとえましたが、あまり大きな変化はありません。本来は少なくとも2人の整形外科医が必要なことは、現地でもフランスの本部でも十分に認識され、そのための努力を続けてくれていますが、なかなか思惑どおりには進まないようです。1ヵ月のプログラム期間中、2人体制が維持されたのは10日ほどでした。手術件数は昨年よりも多く、重傷の患者を優先するために予定手術の延期もあって、手術室のスケジュール管理もしばしば混乱しました。重傷に苦しむ貧しい患者の治療をもっと提供しようにも、マンパワーや手術室は有限です。せめてもう1人いれば……というのが皆の希望でした。

今回はナイジェリアの大統領選挙が近いため、政情がやや不安定と注意が喚起されていました。それを反映してか、銃撃の患者が増えた印象でした。四肢を打ち抜かれた銃撃戦の犠牲者を3人連続で緊急手術した夜もありました。一般外科医として同時期に参加していたデンマークの女医さんも、胸部・腹部銃創の緊急手術で深夜に何度か呼び出されていました。彼女に植皮術や骨折の創外固定術といった整形外科的手術の基本手技を教え、私の手が回らない時に一部を手伝ってもらいましたが、彼女のすばらしい才能に驚きも覚えました。

プログラム全体を振り返ると、2009年のプログラム参加時よりも多くの手術件数をこなし、重症の壊死性筋膜炎(皮膚深部の壊死を引き起こす感染症)などの合併症にも悩まされたため、今回は疲れを感じる夜が多かった気がします。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

前回同様、暇を見つけて近所のホテルやレストランで息抜きをしました。ただし、わずかながら行動半径は広がりました。今回のジム通いの相棒はアメリカの麻酔科医でした。その他には、ニジェール川のボートハウスへのドライブや宿舎での恒例バーベキューなど、スタッフと楽しんだ週末のイベントはよい思い出です。

現地での住居環境についておしえてください。

宿舎も前回のままです。酷暑の続く8月に日本を発ったこともあり、雨期に入ったナイジェリアの気候は拍子抜けするほどに涼しく快適に感じました。シーリングファンを回したまま眠りにつき、明け方に寒さで目が覚めることもありました。スコールの強烈さと唐突さは相変わらずで、道路が一瞬にして川になる様子は、日本ではそうお目にかかれません。

よかったこと・辛かったこと

手術の合間の短い休憩時に、看護師たちと。

よかったこと

  • 陽気で仕事熱心なよい仲間とチームが組めたこと
  • 日本ではまず遭遇しない疾患や外傷の治療を経験できたこと
  • 期せずして減量に成功したこと(今回の減量は4キロです)
  • つつがなく帰国できたこと

辛かったこと

  • 時差ぼけに苦しんだこと。何度か睡眠薬のお世話になりました。現地入りしてからの起床時間は午前2時から始まって3時、4時と徐々に正常化していき、5時まで進んだ時点でプログラム終了の日となりました。未明から熱帯医学の本や手術書を読み、好きなクラシック音楽を聴きながら白みゆく夜空を眺めるのが日課となりました。日中は手術室やERに詰めている限り眠くなることはありませんでしたが、仕事がなければ瞬時に意識が消失していたでしょう。

派遣期間を終えて帰国後は?

前回の反省もあり、今回は帰国後にしばらく休みを置きました。時差ぼけに弱い体質は一生治りそうもありません。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

ポートハーコートでは日本からの一般外科医とも数日間一緒に働く機会がありました。どんな患者にも明るく接し、自分の活動に対して実に一生懸命な方でした。このような方が1人でも多く日本から参加してくれること、そして素晴らしい経験を持ち帰ってくれることを祈ってやみません。

MSF派遣履歴

派遣期間
2006年3月~2006年4月
派遣国
パキスタン・マンセーラ
ポジション
整形外科医
派遣期間
2009年5月
派遣国
ナイジェリア・ポートハーコート
ポジション
整形外科医

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