海外派遣スタッフの声

緊急医療援助イラクの現場から:白川 優子

ポジション
手術室看護師
派遣国
イラク
活動地域
モスル
派遣期間
2016年10月~2016年11月

国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

2016年10月17日、過激派組織「イスラム国」に占拠された都市モスルの奪還作戦が開始されました。日本でも朝から大々的に報道されている最中に、MSFより緊急派遣の要請があり応じました。

派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

特別な準備等は行っていませんでした。前回の派遣を6月に終え、次回の派遣(※)を11月の末に控えていましたので、それまでは講演や看護学校の講義、その他別の仕事など不定期に行いながら過ごしていました。

  • 2016年11月からイエメンでの活動に参加

過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか? どのような経験が役に立ちましたか?

今回の活動がトータルで12回目の派遣となりました。このような緊張が張り詰めたなか、チームメンバーの全員が自分の仕事で忙しく動き回り、サポートは誰からも受けられるような状況ではありませんでした。それでも冷静に対応できたことはやはり過去の経験がなければ難しかったかもしれません。

今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

砂漠の真ん中を整地してMSFの野外病院を設置。海外派遣スタッフ達と 砂漠の真ん中を整地してMSFの野外病院を設置。海外派遣スタッフ達と

イラクの都市モスルを「イスラム国」から奪還しようという大規模な軍事作戦では、モスル市内に150万とも200万とも言われる大勢の一般市民が閉じ込められ、大規模な被害をもたらすと予想されたのでMSFがただちに対応したプログラムです。私が配属されたチームは、前線8km圏内にテント病院を構えて外傷患者を収容するという支援を行いました。同時に別の場所では、他のチームが命からがら避難してくる市民への対応に動き出していました。

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

普段寝泊まりをしていたベースの街から活動場所へは毎日車で通っていました。実際にテント式の野外病院を構え活動していたモスル近郊へは、途中のセキュリティチェックにかかる時間も含め1時間弱かかります。1シフト12時間の2交代制で、夜勤の当番でない時は、午前7時にチームで集合してバスを使いモスル方面に移動、午前8時頃に病院に到着し夜勤者と交代をしました。今までの過去の派遣と違い、さまざまな事情から病院と宿舎がかなり離れていました。前線近くではセキュリティチェックポイントを通過できる時間に制限がありました。特に夜になると通過許可がとれず、何か緊急事態が起こった際でも、宿舎から病院へとすぐに駆け付けるオンコール体制が取れなかった為、夜勤のスタッフの人数を多くして体制を整えていました。

私が担当した部署は手術室と滅菌室、それから衛生管理です。病院を設計するにあたって衛生面では特に手術室や滅菌室の配置と人の出入りのフローがとても重要になってきます。まずはゼロからの立ち上げとして、実際に病院の設立を手掛けるロジスティシャンと配置を密に話し合いました。水道の位置一つが衛生面に影響を与える訳ですが、緊急オープンのプロジェクトであった為、一つ一つの事柄を素早い判断で進めていきました。同時に私は手術室を形にするため機材・物品・薬品などの確保・配置、そして最も重要な人材確保の為に地元スタッフの雇用を人事担当者と共に行い、雇用した順にトレーニングを開始しました。予想される事態としての「集団患者収容」(マス・カジュアルティー)を24時間行える体制を短い間で確立させるために、それぞれの部署が忙しく動き回りました。今回は一刻も早い立ち上げが優先となり、休みを取るのは難しかったのですが、私が去るころにはスタッフの人数もそろいはじめ、交代で休みが取れるようになってきていました。

現地での住居環境についておしえてください。

チーム内でも住む場所がバラバラとなりました。私はゲストハウスを割り当てられ、何でもそろっている快適な家を5人でシェアをしていましたが、ホテルでルームシェアをしている仲間もいて、少々窮屈そうでした。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

病院オープンと共にさっそく運ばれてきた患者の手術風景 病院オープンと共にさっそく運ばれてきた患者の手術風景

モスルに続く砂漠の中の1本道は戦闘車が行き交い、上空には戦闘機が連日ひっきりなしにモスルに向かっていました。空爆音も激しく聞こえ、周辺で多数の負傷者が続出している事は明らかでした。今回の活動で医療従事者として改めて突き付けられた現実は、MSFのような人道援助を行う団体が病院を作ったとしても、現地では人種や宗教などによるグループ間の元々の緊張・軋轢(あつれき)などによって患者と医療機関のアクセスが左右され、実際にはほぼきまった人種しか運ばれて来ないということでした。このジレンマは医療に従事する者として耐えがたいものでした。また、ある日運ばれた5人の一般市民の患者さんが、実はけがをして24時間放置をされていた事実を知った時の憤りと無念さは忘れられません。5人はモスルから来たアラブ人で全員が重症でした。1人の男性は片腕がちぎれ、内臓にも爆発物の破片が入り込んでいて緊急手術を行いました。その男性の10代の娘さんは壁の下敷きとなっていて下半身麻痺の状態、同じく10代の息子さんは臀部に大きな開放創があって仰向けになれない状態での重症でした。

今後の展望は?

もともと予定されていたイエメンへの派遣が11月末から3ヵ月の予定で組まれています。イラクからの帰国後2週間もありませんが、その間は会いたい人に会い、食べたいものを食べて、日本の生活を楽しみたいと思います。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

いつも感じるのは、やはり現場に出向くスタッフの人手不足という現実です。医療を緊急で必要としているのにも関わらず、アクセスのない人びとへ医療を届けられる人が増えればいいなと思います。活動に参加すれば必ず援助に繋がります。

MSF派遣履歴

派遣期間
2016年5月~2016年6月
派遣国
イエメン
活動地域
イッブ
ポジション
看護師
派遣期間
2015年12月~2016年4月
派遣国
パレスチナ自治区
活動地域
ガザ
ポジション
看護師
派遣期間
2015年10月~2015年12月
派遣国
イエメン
活動地域
ハメル
ポジション
看護師
派遣期間
2015年4月~2015年5月
派遣国
ネパール
活動地域
バクタプル、アルガト
ポジション
手術室看護師
派遣期間
2014年12月~2014年12月
派遣国
フィリピン
活動地域
レイテ島
ポジション
手術室看護師
派遣期間
2014年2月~2014年4月
派遣国
南スーダン
活動地域
マラカル
ポジション
看護師
派遣期間
2013年6月~2013年9月
派遣国
シリア
活動地域
ポジション
手術室看護師
派遣期間
2012年9月~2012年12月
派遣国
シリア
活動地域
ポジション
手術室看護師
派遣期間
2012年6月~2012年8月
派遣国
イエメン
活動地域
アデン
ポジション
手術室看護師
派遣期間
2011年7月~2012年1月
派遣国
パキスタン
活動地域
ペシャワール
ポジション
手術室看護師
派遣期間
2010年8月~2011年4月
派遣国
スリランカ
活動地域
ポイント・ペドロ
ポジション
手術室看護師

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