海外派遣スタッフの声

病院が改善されていくのを実感: 白川優子

ポジション
手術室看護師
派遣国
スリランカ
活動地域
ポイント・ペドロ
派遣期間
2010年8月~2011年4月

なぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

チームのメンバーとも楽しく過ごすことができた初派遣。

MSFは7歳の頃から私の尊敬と憧れの対象で、いつかMSFで働きたいというのが夢でした。看護師としての経験や人間としての社会勉強に下地がついてきた頃、いろんなタイミングがよい方に重なってついに今回MSF参加という長年の夢が実現となりました。支給されたMSFのTシャツに初めて腕を通したときには体中に電流が走り、叫んで飛び上がってしまったほど本当にうれしかったです。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

日本では外科病棟・手術室・産婦人科(特に手術室・分娩室)をそれぞれ経験しました。その後MSFに参加するための語学勉強を始めようと思ってオーストラリアに行きました。縁があってその後も大学に入って現地看護師の資格を取ることができ、永住権も取得できたのでそのままオーストラリアに就職して今回のMSF派遣に至るまで看護師を続けていました。オーストラリアでは日帰り手術の担当看護師としていろいろな経験を積むことができ、チームリーダーや学生指導・新人指導などもしていました。この指導経験がMSFの活動でとても役にたちました。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

スリランカのポイント・ペドロという場所にある264床の病院に、手術室看護師として派遣されました。ここはMSFが数十年近く携わっている場所です。私の前に派遣された先輩看護師たちの指導が優秀だったせいか、私が到着したときには手術室は現地看護師たちの働きでとてもうまく機能していました。看護師の技術的な面ではほとんど問題なかったので、私は手術室の機材の片づけや洗浄、オペ後の掃除、リネンの消毒・洗濯などを担当する看護助手のサポートを中心にしていきました。

また、病棟でも衛生管理の改善指導に取り組みました。同時に病院全体で「感染委員会」を設立し、この委員会では使い捨て医療器具の破棄や、消毒に関すること、手袋の装着・手洗い、ゴミの分別などたくさんのことが話し合われて、それに伴って病院内も少しずつ改善されていくのが見られてうれしかったです。清掃担当の方たちとも大きく関わり、常にミーティングを行って教育をしていきました。これに関してはとても大きな改善ができたと思っています。病院が数ヵ月でとてもきれいになりました。感染予防の活動に関しては、ロジスティシャンの大きなサポートがあり、いまでも本当に感謝しています。1人ではとてもできない仕事でした。

看護師の仕事のほかに、薬剤・物資の管理をすべて行っていました。これがとても大きな仕事で、私は看護師なのか?薬剤師なのか?といった感じでした。この仕事のおかげで毎日の残業はもちろん、休日も働いていました。大変でしたけどこの経験はまた次にも生かせると思いますし、充実はしていました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

週末は本当に楽しく過ごしていました。みんなできれいなビーチで泳いだり、買い物に行ったりしました。好きな生地を買って仕立屋さんに持って行ってオリジナルの服を作ってもらうのも楽しみの1つでした。私は料理が大好きで、週末はマーケットで食料を仕入れて大量にいろんな料理を作り、チームのみんなも楽しみにしてくれていました。特に忘れられないのがクリスマス・パーティーです。別の場所で活動しているMSFのチームと、ほかのNGOチームも招待して盛大でした。2人いたケニア人メンバーが山羊を料理してくれたり、DJ経験のあるメンバーがサンタの格好をしていろんな音楽とトークで楽しませてくれたり、思い出に残るパーティーでした。ドクターが緊急で呼ばれて1人消え、2人消え、ということはありましたけど、それはいつものことなので……。

まとまった1週間の休暇は、特に仲のよかったチームメイトと2人であらかじめ旅のプランを練って、スリランカの世界遺産巡りをし、素晴らしい仏教の世界を満喫してきました。

現地での住居環境についておしえてください。

1つの大きな家をみんなでシェアして生活していました。メンバーは多いときで8人まで増えましたが、全く問題ありませんでした。シャワーは水で、水圧が低かったので、私は寒い時期(11~12月)はお湯を沸かしてバケツシャワーで、問題なく快適に乗り切りました。暑い時期は扇風機やアイスノンと友達になって乗り切っていました。雨季の雨がすごくて、外の離れの部屋で生活していた人は少し大変そうでした。リビングにはインターナショナルケーブルTVが引いてあり、インターネットはワイヤレスが各自の部屋まで届き、問題なく使えました。平日は掃除、料理、洗濯すべて現地スタッフがしてくれるので、甘やかされた生活でした。私は派遣期間が長かったので、自分の部屋をいろいろかわいくアレンジして自分の心休まる空間を作りました。虫・は虫類・動物は、もうしょうがないですね。みんなお友達で共同生活という感じです(笑)。私のお気に入りはマングースの訪問でした。彼らはヘビを食べてくれるので、大事に餌付けしていました。

よかったこと・辛かったこと

よかったことを挙げるとキリがないですね。でも1番は新しい自分の発見です。長年夢見ていたMSFで実際に活躍している自分を見ながら、何でもやればできる自分が大好きになりました。

辛かったこともあります! 特に暑かった時期ですが、あせもに悩まされ、かゆくて仕方がありませんでした。汗を吸収する下着や洋服を身につけていても大変でした。

派遣期間を終えて帰国後は?

じつはオーストラリアでの病院に籍を残したままで今回の派遣に参加していました。でも派遣中、考えに考えた結果、これからもMSFでの活動を続けていこうと決断し、病院の方は辞職しました。スリランカ派遣から帰国し、いまこれを書いている現在は日本の実家でとても甘えた生活を楽しんでいますが、この後パキスタンの派遣を頂くことができました。6ヵ月から9ヵ月の派遣です。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

私は初回派遣でとてもよい体験をさせていただいて、これからも続けていこうと決断することができました。でも8ヵ月の間に出会ったMSFの先輩方たちは「ポイント・ペドロは天国だ。MSFではない」と言っていました。治安・環境・気候が、ほかに比べたらとてもいいそうです。なので、これから私が活動を続けていくうちには、場所によっては過酷な状況を目のあたりにするかもしれません。でも、百聞は一見にしかず、というのは本当にそのとおりで、何でも自分で実際にやってみることが1番だと思います。ほかの人には天国に思えても自分には辛かった、またはその逆で、言われる程には辛くなかった、などあると思います。でも生活環境がどんなに辛くても、同じ志を持った仲間たちと一緒に仕事をするということは必ず人生の宝になると思いますので、まずは一歩を踏み出してみるといいと思います。

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