海外派遣スタッフの声

成果を実感できたガザでの活動: 土井 直恵

ポジション
手術室看護師
派遣国
パレスチナ
活動地域
ガザ
派遣期間
2012年12月~2013年2月

なぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

10 代の頃から海外に出かけることが好きで、長期休みの度にバックパッカーをしていました。初めて訪れた海外で、言葉が全く通じなくてもその土地の人と気持ちが通い合った、その時の興奮をいまだに鮮明に覚えています。

「いつかMSFの一員として活動したい」という長年の夢がかない、派遣が決まった時は飛び上がって喜びました。出発の時にもらったTシャツはあんまり嬉しくて、未開封のまま帰ってきました。

今までどのような仕事をしていたのですか?どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

学生の時にカール・ロジャーズという臨床心理学者の理論に感銘を受け、精神看護の方面にも進んでみたいと思っていました。卒業後、まずは一般病院に就職しようと考え、手術室で勤務していました。

その後、語学留学を1年経験し、MSFに応募しました。派遣前はMSFの活動と精神看護をやりたいという思いは別々のものでした。実際に活動地に出てみると、周囲との対話・コミュニケーションが本当に重要なテーマだと気づきました。

チーム内で信頼関係を構築し、互いに理解し合うにはどうしたら良いか。試行錯誤する日々の中で、自分の中で関心のあった2つの大きなテーマが統合される結果となりました。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?どのような業務をしていたのですか?

MSFの治療を受けた少年と、MSFのスタッフたち

イスラエルによる空爆が終わっても、封鎖の続くガザでは、電気・建築資材などあらゆるものが不足しています。そのため、家庭内の安全でない設備が招く事故(発電機やガスの爆発、熱湯によるやけど)が非常に多くみられます。

今回のプログラムでは火傷のせいで変形し、自由の利かなくなってしまった四肢を形成外科的に治療するということがメインサブジェクトでした。

MSFスタッフと保健省の医療スタッフが協力し、平均して1日3~4件の手術を行いました。私の役割は、予定の手術が問題なく行われるように物品や環境を整えたり、手術に関わるスタッフのマネジメントを行ったりすることでした。

手術が集中する期間は体力的に少しハードでしたが、熱心な姿勢で仕事に取り組む協力的な仲間に囲まれて、日々の業務はとても充実したものでした。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

テラスで日向ぼっこをしながら皆で一緒にご飯を食べたり、本を読んだりしていました。建物の外を自由に出歩くことは出来ませんでしたが、週末は車で海辺に出かけて散歩をするのが楽しみでした。

現地での住居環境についておしえてください。

快適な1人部屋が割り当てられ、夜は料理人の方が作って下さるおいしいごはんをいただいて、とても恵まれた住環境でした。雨の日は雨漏りがあったり、熱いお湯が出なかったりする日も多かったのですが、私はお風呂に入れなくてもあまり気にならないので、問題ありませんでした。

良かったこと・辛かったこと

良かったことは、第1に、手術の後に機能が回復していく過程を多くの症例で実感できたことです。包帯交換や消毒のため、患者さんには手術後、一定の期間の通院をお願いします。その間に、重度のやけどで不自由だった四肢が機能的に動かせるようになったり、広範囲に皮膚移植をした患部がみるみる癒えていったりする様子を観察することが出来ました。

もう1つは、宝物のような出会いが沢山あったことです。派遣前は活動地でやっていけるだろうか……と心配していました。実際は、チームの中でしっかりと自分の役割と責任があり、また、互いを信頼し合う雰囲気があったことから、居心地の良さとやりがいを感じられました。役に立ちたいと思って行った結果、毎日が新しい学びと挑戦の連続でした。

大変だったことは、チーム内の人の出入りによる環境の変化に、そのつど適応していかなければならなかったことです。スタッフの派遣期間はそれぞれ違うので、別れを惜しむ間もなく、新しい雰囲気に対応するためにどんどん気持ちを切り替えていく……という作業は、想像していた以上に疲弊しました。

派遣期間を終えて帰国後は?

4月末から今度はイラクに派遣されることになりました。専門知識や英語力が十分でなかったせいで悔しい思いをしたことが何度かありましたので、もっとレベルアップしていきたいです。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

何の保証がなくても、どんなプロセスが待ち受けているとしても、やっぱり踏み出して後悔する冒険はないなぁと思います。

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