海外派遣スタッフの声

新しい命の誕生と、厳しい現実も: 伊藤まり子

ポジション
産婦人科医
派遣国
スーダン
活動地域
アウェイル
派遣期間
2009年9月~2009年12月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

ひと言で言うと、他の世界が見たかったから。ユニセフなどの報告で、途上国の周産期死亡率の高さを目にしていても、恵まれた日本の医療環境で働いていると、そのような世界が存在することを忘れてしまいそうになります。MSFでプログラムに8回派遣してもらいましたが、毎回未知のことに巡り会っています。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

日本の一般病院で産婦人科医師として働いていました。派遣国では、分娩数、手術数が非常に多く、また日本では見たことのない症例にも、ほとんどの場合は一人で対処しなければなりません。私自身は、今では日本国内の経験よりも、プログラムで一緒に仕事をした医師、看護師さんたちが臨機応変に対応した症例を見て学んだことの方が役立っていると思います。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

活動中、帝王切開で取り上げた双子の赤ちゃん。

MSFは小児科(栄養失調児の治療も含む)、産科の病院を運営していて、海外派遣者は17人と、大きなプロジェクトです。私はそこでの唯一の産婦人科医師として働きました。ベッド数は28床ですが、入院数はひと月に約340、分娩数は約200と多忙な病棟でした。そこで産科病棟の回診、異常妊娠、分娩に対して、方針の決定、吸引分娩、鉗子分娩、帝王切開、流産手術、乳腺炎の切開排膿などの小手術をしました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

帝王切開ができるのは私だけなので、24時間オンコール(待機)でした。週末といえども完全にオフではなく、緊急の患者がいるときは呼ばれて病院へ行きました。落ち着いているときには、なるべく宿舎で休むようにしていましたが、ずっと緊張感はありました。6週間働いたあと、南スーダンの首都のジュバで週末を過ごすことができました。このときはプール、レストラン、ショッピングなどに行き、のんびりと過ごすことができました。3ヵ月間働いて、オンコールを気にしないで過ごせたのは、ジュバの週末だけでした。

現地での住居環境についておしえてください。

今回の宿舎、トゥクル(茅葺き屋根のコンクリートの建物)。

一人に一つずつ、トゥクル(茅葺き屋根のコンクリートの建物)が与えられ、明かりは夜の11時までつきました。11時以降は懐中電灯なしには歩けませんでしたが、星がとてもきれいでした。
食事は現地のシェフが作ってくれました。冷蔵庫も2台働いており、冷たいソフトドリンク、ビールも飲めました。送別会のときには、チームメイトがピザ、ラザニア、ケーキなどを作ってくれたりもしました。
シャワールームは2つあり、水のシャワーでしたが、ウォータータンクが黒いので、夏は中の水が温められて夕方には温かいシャワーを浴びることができました。

良かったこと・辛かったこと

良かったこと:

2003年アクエムで働いていたスタッフと再会できたこと。
分娩、手術後に退院していく患者さんの笑顔を見ていると、自分のもっている知識、技術が役立ってよかったと実感できたこと。

辛かったこと:

献血の習慣がないので、輸血の必要な場合は家族に献血をお願いしなければならず、状況によっては充分な血液を得ることができなくて、重症の貧血でも退院させなければならなかったこと。
3ヵ月の間に5人の母体死亡がありましたが、重症になってから病院に来るため、来て数時間で死亡する患者がほとんどだったこと。
家で2~3日陣痛で苦しみ、それでも赤ちゃんが産まれないため、ようやく来院する妊婦さんの場合、すでに赤ちゃんがなくなっている場合も多く、また分娩後は膀胱膣ろう(膀胱と膣の間に穴が空いてしまう状態)などの合併症が起こることがあったこと。
そのような状態での生活はかなり辛いだろうし、膀胱膣ろうの手術経験のない私は、彼女たちに何もできなかったこと。

派遣期間を終えて帰国後は?

日本の病院に戻ります。また次の機会があることを願って働きます。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

プログラムで共に活動したチームのメンバーと一緒に。

日本の社会の中で働いていると、外に出て今までと全く違った環境で働くことには勇気と決断力がいります。けれど、日本の医療環境が標準ではありません。また、どのような環境でも女性は妊娠、出産するものだとわかります。辛い体験もたくさんしますが、チームメンバーと悲しみを分け合い、乗り越えることができます。楽しい体験もたくさんあります。だから、私のように繰り返しプログラムに行く人たちもいるのだと思います。
また、他の職種の人たちの働いている姿が間近に見えるので、医師の仕事は多くの人たちに支えられているからこそできるのだということが実感できます。
勇気を持って外に出てください、あなたの価値観が変わります。

MSF派遣履歴

派遣期間
2009年1月~2009年3月
派遣国
リベリア・モンロビア
ポジション
産婦人科医師
派遣期間
2007年11月~2007年12月
派遣国
スリランカ・ポイント・ペドロ
ポジション
産婦人科医師
派遣期間
2005年4月~2005年6月
派遣国
リベリア・モンロビア
ポジション
産婦人科医師
派遣期間
2004年8月~2004年12月
派遣国
ウガンダ・パデール
ポジション
産婦人科医師
派遣期間
2004年4月~2004年6月
派遣国
パキスタン・チャマン
ポジション
産婦人科医師
派遣期間
2003年8月~2003年12月
派遣国
スーダン・アクエム
ポジション
産婦人科医師
派遣期間
2003年1月~2003年5月
派遣国
スリランカ ポイント・ペドロ
ポジション
産婦人科医師

この職種の募集要項を見る