海外派遣スタッフの声

活動中に紛争が起き、患者が次々と!:松田 美穂

ポジション
正看護師
派遣国
イラク
活動地域
スレイマニヤ
派遣期間
2017年6月~12月

国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

幼い頃は病気がちで入院する機会があり、そのころから、看護師になりたいと思い始めました。

また、途上国で医療活動をする看護師をメディアで目にする度に、私は幸運なことにたまたま日本に生まれ、食事も教育も満足に受けることができるのだから、途上国で病気を抱えている人たちの役に少しでも役に立つよう努力しなければと思うようになりました。

そして看護師となり、日本とベトナムで経験を積んだ後、念願かなってMSFのメンバーとなって今に至っています。

派遣までの間、どのように過ごしましたか?どのような準備をしましたか?

前回の活動地のアフガニスタンから帰国し、今回の活動に発つまでの2ヵ月間、看護師のアルバイトをして貯蓄することと、TOEICの受験や専門分野の資格の更新など、帰国したときにしかできないことをできるだけやるように努めました。

過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか?どのような経験が役に立ちましたか?

国内の病院では、脳神経外科病棟、集中治療室、救命救急で、経験を積みました。

なんといっても一番役に立ったのは、MSFに参加する以前に青年海外協力隊員として、ベトナムの救命救急で活動した2年間の経験です。

価値観・文化の異なる現地の医療スタッフへ知識・技術の伝搬をするには、理論的なアプローチと感情的なアプローチの両者が大切であることに身を持って気づかされ、効果的なかかわり方を考える基盤となりました。

今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

保健省の看護師への研修 筆者が英語で説明し、医療通訳の男性がクルド語に訳して伝えます 保健省の看護師への研修
筆者が英語で説明し、医療通訳の男性がクルド語に訳して伝えます

イラク・スレイマニヤ地域での救命救急(ER)プロジェクトです。イラク北部で唯一、3次救急を担っているスレイマニヤ救急病院(保健省管轄)が活動場所でした。

着任時にはプロジェクトが最終ステージに入っており、MSFが主体となって医療活動をする段階から、現地の医療スタッフの育成を強化する段階へと移っていました。

育成強化の取り組みでは、MSFの救命救急スタッフが、現地の保健省の医師・看護師に、1次救命処置(BLS)、2次救命処置(ACLS)、外傷初期診療(ATLS)、小児救命処置(PALS)、一度に多数の負傷者が運ばれた場合の大規模災害計画(マス・カジュアリティー・プラン:MCP)などの各研修を行います。

大規模災害計画に基づく 机上シミュレーション研修の様子 大規模災害計画に基づく
机上シミュレーション研修の様子

同時に、これらの各研修では、現地のリーダースタッフが現地スタッフに指導するための訓練(ToT ; Training of Trainer)も行います。このように段階的に技術・知見を引き継いでいく方法を滝になぞらえて「カスケード・スタイル」と呼んでいます。MSFが去った後も、現地の方々だけでもトレーニングを続けていけるようにするための工夫です。

保健省スタッフには、私の任期中の6ヵ月間で計380モジュールのトレーニング(シュミレーションを含む)を実施しました。任期満了と同時に目標を達成し、このプロジェクトも終了となりました。

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

スレイマニヤ救急病院の蘇生・外傷処置ベッド スレイマニヤ救急病院の蘇生・外傷処置ベッド

午前7時30分 宿舎から車で出発
午前8時 病院で活動開始。ERスタッフの勤務状況と患者の確認
午前9時30分 スタッフのトレーニング
正午 病院近くのバザールで昼食
午後1時 事務作業
午後2時 夜勤スタッフの出勤状況と患者の確認
午後2時30分 スタッフのトレーニング
午後5~6時 車で宿舎へ帰宅

現地での住居環境について教えてください。

外国人派遣スタッフが6~8人で一軒家をシェアしていました。各自、個室がありました。時折、ジェネレーターの問題は起きましたが、Wi-Fi、エアコン、ホットシャワー完備で、大変快適でした。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

2017年10月中旬、イラク政府軍がクルド自治区に進軍する事態が起きました。前線はスレイマニヤ救急病院から車で2時間の距離。重傷者が次々と運び込まれ、立てたばかりの大規模災害計画を発動する1歩手前の状況でした。

紛争時は内部分裂や水面下の動きが多数あり、保健省を含む政府機関は機能不全になっていました。保健省管轄の病院や警察組織との連携も計画通りにはいかないことを実感しました。紛争時は、もともと築き上げてきた人脈や信頼こそが唯一の頼みであることがよくわかりました。

あとでこの出来事をニュースで言葉や文字で見ると「武力衝突」と短く表記されていました。現地では、爆弾による熱傷、銃創、通常とは異なった遺体、精神的なショックも甚だしい患者・家族と接していました。そうした体験を重ねるほど、この出来事が、こんなにもシンプルな「武力衝突」という1つの言葉で表現されてしまうものなのかと、金づちで打たれたような衝撃でした。

本来、人を幸せにするための政治や宗教が、人の命を毎日奪っている現実。こんなことがあっていいものなのかという思いをかみしめつつ、これからもさまざまなことを学び、この経験を人のために役立てていきたいと思いました。

今後の展望は?

MSFの現地スタッフと記念撮影 MSFの現地スタッフと記念撮影

進学を検討中です。実践疫学などの知識を深めた上で、MSFに再び参加し、フィールドワークに役立てたいと思っています。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

いろいろ考えることやためらう気持ちは多少なりともあると思いますが、やりたいと思う気持ちがあるのであれば、参加されてはどうでしょうか。一度きりの人生です。

MSF派遣履歴

派遣期間
2016年6月~2017年4月
派遣国
アフガニスタン
活動地域
ヘルマンド、カブール、カンダハル
ポジション
正看護師
派遣期間
2015年9月~2017年3月
派遣国
ケニア
活動地域
ナイロビ
ポジション
正看護師

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