海外派遣スタッフの声

地域唯一の医療施設で母と子の命を守る: 松川恭子

ポジション
助産師
派遣国
スーダン
活動地域
ダルフール地方
派遣期間
2007年3月~2007年12月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

「妊娠中毒症で子癇発作を起こして、
緊急帝王切開をした人の赤ちゃんです。
1.5kgでした。元気に育っていて、
低体温予防のために私が作った帽子が
すぐ小さくなってしまいました。」

はじめはMSFについて詳しく知らなかったので、インターネットなどで調べたり、友人に聞いたりしました。MSFは国際的なNGOでさまざまな国や職種の人が集まっており、刺激になるだろう、また勉強になるだろうと思い、MSFに参加することに決めました。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

助産師になる前に、海外で日本語を教えるボランティアをしたことがありました。その時に教材を作って教えた経験が、スタッフの指導や、施設や地域で保健教育をする時に役に立ちました。

助産師になってからは、総合病院で6年間働きました。新生児集中治療室(NICU)で10ヵ月、その後は産婦人科病棟で働いていました。中堅の病院でそんなにお産の数は多くなかったですが、異常出産にも結構あたっていたので、その経験が少しは役に立ちました。もちろん現地の方がもっとさまざまなケースがあり、勉強になりました。

日本では看護師・助産師にあまり独立した権限がないので、勉強不足・経験不足を感じることの方が多かったです。

仕事とは関係ないですが、料理や何か手作りものができるといいですね。日本食を作ることや、折り紙や編み物などができれば、交流が深まります。日本の武道など、形だけでもできると子どもたちにもてます。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

私が活動したところは、その地域では唯一の医療施設でした。この施設は緊急手術もできる病院で、外来部門とベッド数約60床の入院設備があり、外科、内科、小児科、栄養治療、産婦人科がありました。政府と共同で予防接種もしていました。

私は初め母子保健部門だけを担当していました。しかし、女性のプライバシーを守るために女性だけで運営する、15才以上を対象とした女性向けセンターを設置しました。暴力の被害に遭う女性が多かったためです。実際レイプのケースも数例あり、また家庭内暴力が多く見られました。暴力の被害者は自分からそうだとは言いません。診察をしている内に段々分かってきます。女性の地位がとても低いので、対処や改善は難しいです。婚姻も1夫多妻で、多くは強制結婚です。お見合いではなく、両親が決めるのです。女性は「ノー」という権利はありません。また、スーダンでは多数の女性が女性器切除をされています。そのために死産になったケースもありました。切開をした後、縫合するかしないかも難しい問題でした。しない方が良いと頭では分かっていても、なかなかスタッフに実践してもらえませんでした。また、家族に反対されることもありました。まずはスタッフから認識を変えてもらう必要があります。グループでの教育も大切ですが、私は一つ一つのケースに時間をかけて話しました。家族にも参加してもらいます。ご主人を連れてきてもらうのは大変ですが。

現地のスタッフのコーディネーションやトレーニングが、私の主な役割でした。自分が診療することは、特別なケースに限られます。将来、MSFが現地を去っても人びとが自立してやっていけるように、できるだけ現地スタッフにやってもらいます。血管確保、体位体向の触診、トラウベ*での児心音聴取は彼らの方がうまいです!
*母親の胎内にいる子どもの心音を聴く道具

産婦人科に関しては、24時間待機状態を取っていました。勤務時間以外はオフィスにいるので、無線で他のスタッフから状況を聴き、対応します。場合によっては、夜中でも病院に行きます。

また、地域の人びとともできるだけ触れ合うようにしました。地域の伝統的な助産婦に週一回集まってもらいミーティングを開き、地域での健康教育や、特別なケースの場合は訪問診療も行いました。本当は学校訪問などもしたかったです。これから結婚や出産を迎える彼女たちに指導することは大切です。まだまだ封建的な社会であるため、未婚の女性に生殖関係やレイプの話をするのはタブーとされています。しかし、無知による失敗や不可抗力の場合の対応など、知る必要はあります。実際、何件もそのようなケースにあってきました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

イスラム社会なので金曜日が安息日でした。週一日の休みでしたが、時々緊急患者が来たり、また当直をするので、あまり休みはありませんでした。

治安情勢があまり良くなかったため、自由に1人で行動することはできませんでした。金曜日には、まず朝寝坊をし、味噌汁を飲んでスタートしていました。現地スタッフの家にお邪魔したり、他のスタッフと一緒に散歩もしたりもしました。DVD が唯一の娯楽なので、DVDを観たり、本を読んだりしていました。新しいDVDはスタッフに喜ばれますよ。日本のアニメとかも人気があります。現地スタッフが連れてきた赤ちゃんや子どもと遊ぶのも、いい気分転換になります。折り紙、シャボン玉、ふーせん、ケン玉、縄跳び、竹トンボなど日本の玩具が人気でした。あとは、編み針を持っていたので、編み物(帽子や縫いぐるみ、デモ用の赤ちゃんも作りました)をしたりもしました。また、ビーズでブレスレットを作って、スタッフにプレゼントすると喜ばれました。

現地での住居環境についておしえてください。

町には電気や水道はありませんでした。でもMSFの事務所は発電機があるので、昼間に電力を充電させて、コンピューターや冷蔵庫、DVDプレーヤーなどを動かしていました。一人一人にトゥクルという伝統的な小屋があてがわれ、狭いけれどベッドと棚とテーブルがありました。電気は部屋にはないので、夜は早く寝るかヘッドランプを使っていました。トイレは水洗ではなく汲み取り式ですが、ゴキブリがいる以外は結構きれいでした。シャワーは大きなドラム缶にためてある水をすくって使います。周りは囲ってあるだけで夜空が見えます。冷たいシャワーをひゃっひゃっと叫びながら満点の星空の下浴びるのは、結構よかったですよ。飲み水などは塩素処理後にフィルターを通してから飲むので、安全です。食事は現地のコックさんが西洋風のものを作ってくれます。当たりハズレがありますね。私は結構おなかが丈夫なのですが、時々下痢はしました。

良かったこと・辛かったこと

良かったこと
私は個人的にイスラムの国の人が好きです。(お酒は飲めませんが・・・笑)
派遣活動で一番大切なことは人間関係だと思います。今回、全体的に私たち派遣チームも現地スタッフもとてもいい関係でした。

仕事内容では、思っていたより忙しくなかったですが、女性向けセンターを立ち上げたり、伝統的助産師とのミーティング、地域でも健康教育など、やり甲斐がありました。緊急処置もさせてもらい、勉強になりました。

辛かったこと
一番辛かったのは、私たちが活動していた町が襲撃されたことです。安全のために、私たちは負傷した人びとを置いて避難しなければなりませんでした。大切な現地スタッフ2人もこの時の襲撃で命を落としました。比較的早期に緊急チームが現地に戻りましたが、最後までスタッフ全員と一緒に働けなかったことがとても悔しかったです。まだまだやらなければならないことが沢山ありましたが、やり終えることができませんでした。

派遣期間を終えて帰国後は?

まだ決めていません。とりあえず少し休んで、近くで仕事をしようかなと思っています。または、どこか助産所のようなところで実習させてもらうのもいいかな。現地では現地スタッフに医療行為をしてもらうことがほとんどなので、勘を取り戻すために、やっぱり臨床に戻りたいですね。
もしかしたら、次の派遣に行くかもしれません。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

まずはやりたいなら、迷っている間に参加してみましょう。体験するのが一番早いです。私も初めとても不安でした。今までの経験ではたしてやっていけるのか、言葉は大丈夫だろうかなどと、いくら悩んでも自信なんてつきません。行動あるのみ。

MSF派遣履歴

派遣期間
2004年1月~2005年1月
派遣国
シエラレオネ
プログラム地域
マグラブカ
ポジション
助産師
派遣期間
2005年6月~2006年3月
派遣国
スーダン
プログラム地域
ダルフール地方
ポジション
助産師
派遣期間
2006年6月~2006年11月
派遣国
ウガンダ
プログラム地域
グル
ポジション
助産師

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