海外派遣スタッフの声

ナイジェリアからウガンダへ、2つの活動で従事:朝倉恵里子

ポジション
ロジスティシャン
派遣国
(前半)ナイジェリア (後半)ウガンダ
活動地域
(前半)ポート・ハーコート (後半)緊急ミッション -マタンダ一時滞在キャンプ、ナキヴァレ難民キャンプ-
派遣期間
(前半)2008年10月~2008年12月 (後半)2008年12月~2009年1月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

自分自身のキャリアについて考える上で、将来にわたり続けたい活動として人道援助活動がいつもそのトップにありました。それまでの海外生活や企業での経験や語学力など、自分の能力をよりやりがいのある分野で生かしたく思いましたので、5年ほど前に大学院に戻り、国際関係を中心とした研究をしました。 MSFの活動範囲がより緊急性の高い現場にあること、フランス語圏での活動も多いため、自身のフランス語能力を活用できること、また特に、現場からの目撃証言を積極的に行い、知られていない悲劇や真実を社会に伝える証言活動にも重点をおいていることに強い魅力を感じていましたので、その活動に貢献したいと思ったことが第一の理由です。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

派遣直前は翻訳者として就業し、また、国際人道法の観点からみた捕虜に関する論文なども発表していました。海外での就業(マレーシア、タイ、ニューカレドニア、フランス)や外資系企業での経験から、さまざまな宗教や文化的背景をもつ人々との交流があり、異文化への理解を深める機会が多かったこと、また、多文化環境になじんでいたことなどは、難民キャンプのような初体験の現場での活動でも役立ったと思います。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

クリニックの一部がアドミニストレーターの事務所
がわりです。写真は携帯電話で首都との連絡中。
インターネットが不通のため、携帯電話が唯一の
連絡手段。

ここでは主にウガンダミッションについてお話します。
昨年(2008)後半にコンゴ民主共和国(以後コンゴ)での内戦が再燃し、11月には大量のコンゴ難民がウガンダに押し寄せたため、MSFはウガンダ国内でこれら難民への緊急医療援助活動を3ヵ所(マタンダ、ナキヴァレ、キソロ)で開始しました。私は当時、ナイジェリアに派遣中でしたが、11月末にこちらへの異動の打診を受け、決定後2日でウガンダ行きのフライトに乗りました。
最初のキャンプは国境(イシャシャ)から車で30分ほどのサバンナに設営されたマタンダ一時滞在キャンプで、当時1万1千人ほどの難民が到着したばかりでした。ここではロジスティシャン/アドミニストレーターとしてキャンプの建設や保守、水の供給に関する管理、また、毎日60名程度採用する日雇いスタッフの調整や支払いを行いました。
その後、国境から車で5時間ほど離れた場所に移送した難民のためのナキヴァレ難民キャンプに移り、アドミニストレーターとして人材管理、物資調達などを担当しました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

難民キャンプでの活動には特定の休みがありませんでしたが、疲れをためることは活動にも悪影響を及ぼしますので、プログラム責任者と相談し、日曜日はキャンプには行かずベースキャンプの宿舎で事務処理をしました。

現地での住居環境についておしえてください。

ナキヴァレ難民キャンプの様子。
小さなテント内では足を伸ばして眠ることは困難です。

マタンダ、ナキヴァレともに、海外スタッフ(どちらも5~6名)は近くの町でゲストハウスを借りて生活しました。マタンダではキャンプから車で20分程度の場所にあるキヒヒという町に国連やほとんどの国際NGOが滞在していました。こちらで借りたゲストハウスはとても清潔で水道・トイレも部屋に完備していましたが、援助関係者間での部屋の取り合いが熾烈でした。ナキヴァレはもっとも近いカビンゴという町がキャンプまで45分程度のところにありましたので、こちらで一軒のゲストハウスを借り上げて生活をしました。ここではナキヴァレ湖の水を処理してキャンプの難民に供給していましたが、私たちの宿舎でもこの水をドラム缶やポリタンクに入れて生活水として利用していました。ウガンダは赤道直下とはいえ、ナキヴァレは海抜2千メートル近いところにありますので、日没から早朝はかなり肌寒く、水浴びはあまり快適とは言えませんでしたが、宿の人がたまに炭でお湯を沸かしてくれました。こちらはキャンプまで遠いため、朝は7時には出発し、帰りはいつも7時ぐらいと、通勤(?)が少々大変でした。

良かったこと・辛かったこと

良かったことは、ウガンダ人、コンゴ人、ルワンダ人、ブルンジ人など、さまざまな国のスタッフと交流し、この地域の紛争について直接聞くことができたことと、難民という困難な状況においても他人を思いやることを忘れない彼らの優しさを痛感したことです。

辛かったことはロジスティシャンとしての自分の能力不足を感じたことです。初めての難民キャンプに慣れないロジスティシャン/アドミニストレーターとして着任した当日にコレラが発生しました。そのため、急遽コレラキャンプを設営する必要がありましたが、未経験の私はかなり動揺したのが正直なところです。幸い、緊急プログラム専門の水・衛生管理の専門家が滞在中だったため、彼と現地スタッフがあっという間にコレラキャンプを完成させてくれましたが、自分の未熟さを痛感したことは精神的に辛かったです。

派遣期間を終えて帰国後は?

次の派遣に向けて相談中です。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

プログラムによってさまざまな条件(活動内容、生活、安全等)が違ってきますので、あまり気構えて一律的にならず、いろいろな状況を受け入れる気持ちで臨むことをお勧めします。

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