海外派遣スタッフの声

スーダンの人びとの前向きな姿勢に感動の連続: 菅原美紗

ポジション
内科医
派遣国
スーダン
活動地域
モルネイ
派遣期間
2006年9月~2007年4月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

豊かな国と貧しい国の格差に愕然とし、しかも戦争や自然災害で苦しんでいる人たちが大勢いることに対して、MSFならば適切に役立てるのではと考えたからです。世界のさまざまな国を見てみたかった事も大きな要素でした。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

主に小児科(計4年)で勤務していたおかげで、現地でとても役立ちました。どのような困難な状況でも、被害者になりやすいのは子どもと女性でしたので、小児医療の基礎知識は必須だと思います。もし小児外来での研修が可能であれば、よく見られる病気である呼吸器感染症や全腸炎などの診断・治療、重症度判定(入院適応の決定)が、またERでは痙攣性疾患の対応や小児の蘇生などが学べると思います。総合病院勤務ではERや当直もやったので、現地で役立ちました。

また、アメリカでの語学研修中に参加した家庭内暴力の被害者をサポートするNPOでの経験は、人道支援や国際協力といった分野に興味を持ったきっかけでした。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

2003年のダルフール危機に際し、多くの攻撃を免れた人びとが国内避難民となり、小さい村であったモルネイに避難してきたのをきっかけに、2004年春からMSFが医療を提供しています。現在では大規模な難民キャンプとして7万人以上の人々が限られた食料・物資と、キャンプの外では暴力が横行している状況下で暮らしています。MSFは外来病棟(OPD)、ベッド数が小児20床、成人20床、栄養治療センター20床の入院病棟(IPD)、ER、婦人科診療(WHC)の施設を持ち、妊産婦医療と手術以外の医療を担当しました。私の主な仕事は同僚である3人のスーダン人医師と5人の医療アシスタントの監督でしたが、人手不足の際にはOPD,IPD,ER,WHC全ての施設で診療を行いました。またレイプの被害者に対しては、毎回私が診察していました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

キャンプ内にある山に登り、山頂からの広大な景色を堪能!!乾季には干からびてしまう川を歩いたり、キャンプ内の各地域を散策し、地域の人たちと交流したり、現地スタッフの所で美味しいランチを一緒にとったり。ダルフール地方の危険なイメージと裏腹に素晴らしい自然を満喫しました。

現地での住居環境についておしえてください。

広い敷地内に海外派遣スタッフ4人で共同生活をしました。一人ひとつずつ「トゥクル」というレンガ造り、かやぶき屋根の伝統的な家が与えられ、プライベートな空間は確保できました。キッチン、ダイニングルームは離れていて良く整備されていました。トイレ、シャワーも2つずつあり清潔感OKでした。電気は夜の8時から12時まであり、時々皆で映画鑑賞会をして楽しみました。インターネットはありませんが、衛星電話回線を通してe-mailは送る事ができました。敷地内には色鮮やかな花が咲き、緑も多く簡素で美しい住まいでした。

良かったこと・辛かったこと

毎日感動の連続で、世界中で最も困難な状況(貧困、戦争、トラウマ)にも関わらず人びとはとても前向きで、何でも私たちに分け与えてくれようとする姿勢に心打たれました。そういう人びとを誇りに思いましたし、だからこそその人達を精神的にも身体的にもサポートできる事におおきな幸せを感じていました。サポートを受ける側とサポートする側でお互いに尊敬しあう関係があり、貧しさや戦争のなかにあっても人を敬う気持ちやユーモアにあふれ、毎日幸せを感じて働く事ができました。辛かった事としては、あっけなく死が訪れる事(日本のように誰もが最高の医療を受けられるわけではありません)でした。

派遣期間を終えて帰国後は?

私を精神的に支えてくれた家族や友人、同僚の方々に報告をして、現地の状況を少しでも伝えられたらと思っています。今はのんびり、ゆっくり休もうと思います。次の派遣も参加したいと考えています。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

派遣前に、自分自身とよく対話をし、どんな動機であっても参加することに関してだけは「迷いのない状態」で行くことが大事だと思います。きっと新しい世界が開けると思いますよ!

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