海外派遣スタッフの声

社会的弱者の医療水準改善を目指す: 石塚由美子

ポジション
内科医
派遣国
グルジア・アブハジア自治共和国
活動地域
スクミ
派遣期間
2007年7月~2007年10月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

  • 以前から国際協力・人道援助活動に興味があったから。
  • 自分の専門(内科医)を活かしつつ国際協力活動に参加できると思ったから。
  • MSFは国際的な医療援助活動において長年の経験に基づく十分な知識があり、海外派遣における的確なシステムが確立しているから。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

今までの仕事:

内科医として総合病院に勤務していました。

役立った知識:

  • 一般的な内科の知識(特に、外来、二次救急外来での診療経験)
  • コンピューターに関する知識(専門的なものではなく、MS Word, Excelが少し使える程度)

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

アブハジア自治共和国の首都スクミに居住する社会的弱者(ひと月の所得が500ロシアルーブル(約2200円)以下の貧困者、独居老人、末期がん患者、身体障害者など)を対象とし、これらの人びとの生活水準と医療水準の改善のために援助を行うプログラムでした。

  • 現地の医師1人、看護師1人、ソーシャルワーカー1人、通訳(ロシア語<->英語)1人からなるチームのマネージメント
  • 診察(訪問診療のみ。道路事情が悪いので、家にたどり着くのに時間がかかり、多くても1日10人程度)

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

グルジアとの国境以外は比較的治安が保たれていたので、週末には地元の市場に買い物に行ったり、近くの観光スポット(黒海に面しており、紛争前(旧ソ連時代)は夏のリゾート地だったそうです)を訪れたりしました。また、派遣時期が夏だったため海水浴ができました。

現地での住居環境についておしえてください。

他の派遣スタッフ4人と、MSFが借り上げた一戸建ての家で共同生活をしていました。電気、ガス、上下水道、電話線完備。水洗トイレはありましたが、トイレットペーパーは流せません。
停戦合意から10年以上経つこともあってか、ライフラインは整備されており(もちろん日本とは比べものになりません。頻繁に停電していました)予想以上に快適に過ごせました。
リビングルームにはエアコンも設置されていました。私は夏のみの滞在だったため経験していませんが、冬は停電と耐え難い寒さで住環境はかなり悪化するようです。 食事については、平日の夕食は賄いのおばさんが日中に作っておいてくれていました。昼食は事務所の食堂に用意されていました。週末は自分で用意するか外食です。 掃除、洗濯も同様に、平日はMSFが雇った人がやってくれます。

良かったこと・辛かったこと

良かったこと:

  • 人道援助活動に参加・体験できたこと。
  • MSFのような巨大な国際NGO団体がどのように成り立っているかを直に知る事ができたこと。
  • 世界情勢に興味がもてるようになったこと、日本を外側から客観的に見られたこと。
  • 現地の人のみならずいろいろな国の人と知り合え、意見交換できたこと。他のNGO団体に所属する人と知り合う機会もありました。また、MSFの海外派遣スタッフといっても先進国から来た人ばかりではありません。私が参加したプログラムにはコンゴ民主共和国(DRC)、ウガンダ、アフガニスタン、ペルー、チリ、フランス、オーストラリア、アメリカ合衆国から派遣スタッフが来ていました。

辛かったこと:

  • 短期間であったためか、辛かったことは特にありませんでした。ただ、母国語で十分にコミュニケーションが取れない中で共同生活をしていると、その時は気がつかなくてもストレスが溜まっているものだということを帰国後に改めて感じました。

派遣期間を終えて帰国後は?

もう少し語学力を高めた後に、他のプラグラムに応募しようと考えています。
今回の派遣はマネージメント業務が主体だったので、医師としてより実践的に活動するプログラムにも参加したいと考えています。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

参加するプログラム、派遣される地域によっても内容はかなり違うと思いますので簡単に参加を勧められるものではありませんが、個人的には、実際にMSFのプログラムに参加し、国際的な援助活動をその一端でも体験できた事は大変有意義だったと感じています。応募するかどうか迷っている方には、応募することをお勧めします。

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