海外派遣スタッフの声

イエメンで移民・難民の医療援助:萩原 麻美子

ポジション
内科医
派遣国
イエメン
活動地域
アワル
派遣期間
2007年8月~2008年2月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

萩原医師(前列左)

高校生の頃にマザー・テレサの本を読んでから、本当に切実に助けを必要としている人のために働きたいと思うようになりました。

MSFの派遣に参加しようと決めたのは、何よりも、本当に助けを必要としている人びとの元にいち早く駆けつけるフットワークの軽さと実行力が好きだからです。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

1999年に大学を卒業した後は地元の病院で一般内科医として勤務していました。2005年に長崎大学熱帯医学研究所で3ヵ月間の熱帯医学研修課程に参加し、その後、フィリピンで3週間の熱帯医学臨床研修に参加しました。

最初の派遣は南スーダンの一次診療所での活動だったため、熱帯感染症の患者がとても多く、研修がとても役立ったと思います。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

ソマリアやエチオピアから密航船でアラビア海(アデン湾)を渡ってイエメンに到着する、移民・難民への緊急援助を目的として新しく始まったプログラムでした。

当初は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の難民登録センター内に救急診療所を設置してそこで診療をする予定でしたが、なかなか事が前に進まず、救急診療所のオープンに立ち会うことはできませんでした。代わりに移動診療を実施し、到着した難民の手当てや、祖国や航海中の状況の聞き取り、カウンセリングなどを行いました。

新しいプログラムでしたので、現地スタッフの採用や移動診療チーム用の治療手順の作成、トレーニング等も行いました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

週末の決まった休みはなく、活動地では行動制限も多かったので、2~3週間ごとに交代で、車で3時間ほどの距離にある街に行き、1~2泊の休暇を取らせてもらっていました。

街では特に行動制限はなかったので、市場やショッピングセンターに出かけたり、アイスクリームを食べたり、丘に登って景色を楽しんだり、とにかくブラブラして自由を満喫しました。
活動地で気分転換が必要な時は、私は料理が好きなので、天ぷら、鶏の唐揚げ、イカ焼き、ハンバーガー、プリンなどを作って皆で食べました。

小型のマッサージ器やピーリングジェル、顔パックなどを持っていっていたので、リフレッシュにとても役立ちました。前回の派遣の際には何も持ってなくて、他の派遣スタッフから貰ったりしていたので、今回は持参しました。

長期の休暇の時には、イエメン国内の旅行は安全上の理由から禁止されていたため、エジプト観光に行きました。

現地での住居環境についておしえてください。

今回の派遣は住居環境が予想よりもかなり良かったと思います。

5部屋、1リビングルーム(兼オフィス)、2シャワー・トイレ、簡易キッチンがある小さな家に、派遣スタッフ6人で住んでいました。部屋がひとつ足りなかったので、私は看護師と一番大きな部屋をシェアしていました。

新しく始まったプログラムのため、現地入りした当初は現地スタッフの宿舎ができるまでの半月間、現地スタッフと15人くらいでこの家に住んでいました。この間は少し窮屈でした。また、電力供給が夜間のみなので、昼間にパソコンで仕事ができない不自由さはありました。

夜間のみとはいえ、各部屋にエアコンがついていたことや、MSFの活動地でインターネットが繋がることにはかなり驚きました(なんと、スカイプも繋がりました!!)

任期の後半には発電機も届き、昼間でもコンピューターを用いた仕事ができるようになり、便利になりました。

良かったこと・辛かったこと

一番辛かったのは、密航船内でのひどい状況や船の転覆などの話を聞いても、根本的なところで事態を改善することができないもどかしさです。
さまざまな状況や制約の中で、なかなか物事が前に進まないこともストレスでした。

派遣期間を終えて帰国後は?

派遣中は休職していた病院に復帰します。
現地で見てきたことを、日本でできる限り伝えたいと思っています。

MSF派遣履歴

派遣期間
2006年3月~2006年9月
派遣国
スーダン
プログラム地域
アクエム
ポジション
内科医

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