海外派遣スタッフの声

イエメンで救急・入院病棟を開設:菅原美紗

ポジション
内科医
派遣国
イエメン
活動地域
ハイダン/ラゼー
派遣期間
2007年10月~2008年4月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

前回の派遣と同様に、できる限りダイレクトに自分の出来うる援助を、必要としている人びとに届けるためにMSFが最適と考えたからです。

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

MSFに参加する前は日本で小児科医療に携わっていたので、現場でもその経験が役立ちました。また、救急外来での夜間当直などの経験も役立ちました。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

イエメンの北部に位置する、サアダ県という内戦地で活動しました。ここは内戦の影響で政府系の病院が破壊・略奪されたため、市民に対する医療が不十分であるということから病院の建て直しをしました。はじめの1ヵ月半はハイダンという地域で病院を開設し、ラマダン明けの戦闘開始に備え、戦争の被害者を受け入れる準備を進めていきました。(後に戦闘が始まり、外科治療プログラムを開始しました)

その後サウジアラビアとの国境に程近い、ラゼーという地域に移りました。具体的には水・電気を含めた建物の再建から始まり、救急・入院病棟を開設しました。そのため、病院の開設前から現地スタッフとの話し合いや勉強会を行い、近隣の医療施設などに足を運ぶこともできました。

開設から最初の1ヵ月半程は、自分がメインの医者として救急・入院病棟(当初のベッド数は4床)を担当しました。現地スタッフの看護師は入院病棟での勤務経験がない場合がほとんどでしたので、血圧や心拍数などの正しい取り方、病棟回診の説明、訓練から始めました。現地の保健省の医師が外来病棟を担当し、連携をとりながら徐々に活動を広げていきました。オープンから2ヵ月後には、救急・入院病棟のベッド数も婦人科病棟、分娩を含めて30床に増床し、栄養治療プログラムも開始し、また外科室も完成するなど、活動も発展しました。帝王切開などの緊急手術例は、MSFの救急車で4時間かけて他の病院に搬送していました。2400mという高地でしたので、落石や転落、また交通事故例が多く、陥没頭蓋骨折などの症例は首都のサアナまで8時間かけて搬送する必要がありました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

病院が開設する前は、かなり急な山道をトレッキングしたり、近くの村まで降りて最高の景色を楽しんだりしました。開設後は、緊急時に備えて遠出はできませんでしたが、朝ゆっくり起きて、ランチを町のレストランに食べに行ったりしました。イスラム教の祝祭日には近所の豪邸に招待され、イエメンの文化に接することができました。

現地での住居環境についておしえてください。

ラゼーでは個室が与えられました。建物は石造りの3階建てで、前回のスーダンへの派遣に比べると豪邸のようでした。温水シャワーはもちろん、バスタブまでありました。眺めのよい屋上で毎日朝食と昼食を食べ、時々バーベキューもしました。

良かったこと・辛かったこと

良かったこと:

全身黒いマントに覆われた女性達の素顔を見られたことです。女性同士になるとスカーフをバッと取り去ってくれ、元気な笑顔を覗かせてくれました。

辛かったこと:

ラゼーに移ってから前任地のハイダンで戦闘が始まり、一緒に働いていた現地スタッフが行方不明になったり、射撃されたりしたことです。近くにいながら何もできず、ただ連絡を待つしかありませんでした。

派遣期間を終えて帰国後は?

日本に帰国する前にはヨーロッパの友人を訪ねました。帰国後もしばらく休暇を取りたいと思っていますが、今回はあまり時期を明けず、次の派遣に参加しようとも思っています。
(その後、菅原医師は中国・四川大地震の緊急援助活動に参加しました。中国での活動時の「派遣者の声」はこちら

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

自分とよく対話し、とにかくチャレンジあるのみと思います。

MSF派遣履歴

派遣期間
2006年9月~2007年4月
派遣国・プログラム地域
スーダン、ダルフール、モルネイ難民キャンプ
ポジション
内科医
派遣期間
2007年10月~2008年4月
派遣国・プログラム地域
イエメン、ハイダン/ラゼー
ポジション
メディカル・コーディネーター

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