海外派遣スタッフの声

戦後のパレスチナ自治区で麻酔業務を担当:初雁育介

ポジション
麻酔科医
派遣国
パレスチナ
活動地域
ガザ地区
派遣期間
2009年4月~2009年5月

なぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

きっかけはなんともミーハーで、やはりMSFのブランドにあこがれたのでしょう。海外の団体でネームバリューもあってと・・・。ほかの団体の存在も当時はあまり知りませんでしたし。やっぱり参加するなら一流どころでと思いました。ごめんなさい。(笑)

今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

MSFに参加するまでは非常勤でした。日本の病院では、常勤医師になってしまうと勤務の都合上なかなか海外医療ボランティアには参加できないので。現在は常勤医として病院に勤めておりますが、そこの理事長が海外派遣に関してとても理解を示してくださるので、いまはありがたく参加できています。
途上国ほどではありませんが、日本でも地域によっては物資が古かったり、足りなかったりしたこともありましたので、そのような場所で培った、物のないところでも何とかしようという考え方は、海外派遣でも大いに役立ちました。たとえば、気管挿管する時に接触が悪くて喉頭鏡のライトがつかないので無影灯で口腔内を照らしたりとか。(笑)

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

2008年末より2009年1月中旬までイスラエル軍のガザ地区侵攻(戦争)があり、多くの犠牲者が出ました。それらの外傷患者に向けた医療援助プログラムです。私は麻酔科医として手術患者の麻酔を担当させていただきました。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

戦争が終わって3ヵ月が経っていたとはいえ、ガザ地区を含めたパレスチナ自治区では、依然として小さな紛争が毎日のように起こっており、基本的に外出は制限されていました。休暇は宿舎にてスタッフと話をしたり、DVDを見たりとのんびり過ごしておりました。できれば周辺のいろいろな場所を訪れてみたかったのですが。

現地での住居環境についておしえてください。

一言で言うと、とても快適でした。意外に思われるかもしれませんが。電気、水道、テレビやインターネット。生活する分にそれほど不自由は感じませんでした。同じ医療援助が必要な地域として、ガザ地区はやはりヨーロッパに近い分、文化が発達しているなあというのが正直な印象です。

良かったこと・辛かったこと

通常では訪れることが不可能な地域に赴き、実際にその地域を見聞し、現地スタッフたちと触れ合うことができたことはとても幸福でした。これはMSFに参加していないと体験できない醍醐味です。ただし、通常訪れることができない地域だけに、その出入り時のセキュリティーチェックは大変でした。特に帰りはガザ地区を出る時とイスラエルを出るときのチェックがものすごく厳重で、両方で合計6時間もかかりました。そのほとんどが待ち時間です。この時間がつらかった!

派遣期間を終えて帰国後は?

帰国翌日より、喧騒な世界に帰りました。(笑)日本人ももう少しのんびりしたらいいのにと、派遣から帰国するといつも思います。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

その気があって、チャンスがあったら一度派遣に行くべきだと思います。その気があってもチャンスがなかったり、チャンスがあってもタイミングが悪くて行けないこともありますので…。まるで結婚みたいですね。(笑)

MSF派遣履歴

派遣期間
2006年6月~2006年8月
派遣国
パキスタン、マンセーラ区
ポジション
麻酔科医

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