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サイトトップ > 証言 > 「もう妹には会えないかもしれません」

「もう妹には会えないかもしれません」

(2009.6.1)

フランシーヌ*は、2009年2月に国境なき医師団(MSF)のアリワラにおける緊急援助プログラムが始まって以来、MSFチームの看護師として働いている。当時彼女は、アリワラから約150km北にある、ガランバ国立公園の隣のアバという町から着いたばかりであった。アバでは、ガランバ国立公園に拠点を置く神の抵抗軍(LRA)が出没し、地域の住民に地獄のような生活を強いていたため、彼女はやむを得ず避難したのだった。LRAは手当たりしだいに村々を襲って物資を略奪し、子どもを拉致していた。

フランシーヌは語る。「最初に避難したのは、住んでいた地域が1月にLRAの襲撃を受けた後のことでした。そのときは3週間待って戻りましたが、とても生活を続けられる状況ではありませんでした。片時も安心できないのです。道すがら襲われるのではないかと、怖くて畑にも行けませんでした。毎晩、最悪の事態に備えて、女性と子どもは身を隠し、男性は警戒にあたっていました。

突如としてまた襲撃が始まったので、私たち家族は再び避難することにしました。それぞれが別の方向へ逃げました。両親は南スーダンへ向かいましたが、悪い知らせが届きました。二人は帰国を許されないというのです。当局は両親に、荷物を持って移動することを禁ず、と書いた腕輪を着けさせたそうです。両親には自活する術もないので、私は生活の足しに小額のお金を送っています。お金は兄弟が毎月届けています。両親のところへ行くには自転車で1週間かかります。

そのうえ、13才の妹ミシュリーヌと17才になる義理の妹も2週間前のLRAの襲撃後にいなくなったと、もう一人の兄弟から電話で知らされました。彼が畑で働いていたときのことで、どうすることもできなかったそうです。最初の数日間は、二人は森に隠れているだけで、また姿を見せてくれるだろうと望みをかけていました。でも、二人からは何の音沙汰もありません。もう妹には会えないかもしれません。妹の身に起こったことを想像すると、とても辛いです。反乱軍の兵士は子どもを連れて行きたがります。妹はまだ幼いのです。彼女がどこにいるかは神のみぞ知るです。

彼らはなぜこんなことをするのでしょう。私たちは彼らに何もしていないのに。彼らはまるで私たちに恨みでもあるかのようです。でも、なんのために…。私はコンゴ人に生まれると知っていたら、こんな苦しみを味わうためにこの世に生まれてくることは選ばなかったでしょう。10代の頃から、戦争から逃げ回ってばかりです。家族と共に普通の平穏な生活を送れると思って勉強しました。でも、子どもたちは、一体どのような人生を送るのでしょうか。」

* 個人の安全保護のため仮名を使用しています。

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