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サイトトップ > 証言 > 人の血が流される様子を見るのは辛いことでした。本当に心が痛みました。

人の血が流される様子を見るのは辛いことでした。本当に心が痛みました。

(2009.3.26)

Oは、バンガディ村からドゥング町に避難して来た24才の仕立て屋である。

9月のある土曜日、私たちは稲刈りをするため、バンガディ村を出てナポポへ向かいました。11時ごろ畑に着きました。彼ら(LRAの兵士)は畑で私たちを待ち伏せし、捕まえました。私たちは全部で10人でした。

森林地帯の中で3日間過ごしました。3日間だと思いますが、定かではありません。兵士たちは1ヵ所に留まっておらず、動き回っていたので、時間について思い出すことは難しいです。私は夫と共に捕らえられました。夫は森林地帯の中で殺されましたが、それがいつだったか正確にはわかりません。LRAの兵士と共に、私たちはあちこち異なる場所へ移動しましたが、彼らは行く先々で多くの人びとを殺しました。私を含めて女性は3人でした。兵士たちは私たちをひどく殴りました。夫が生きている間は、私をレイプすることはできませんでしたので、そのかわりに私を殴ったのです。彼らはまだ男性と関係を持ったことのない若い娘をレイプすることを望んでいました。既婚女性を強姦するとエイズに感染する可能性が高いと考えていたのです。

男性は荷物を運ぶために後ろに回り、私たち女性が先に立って進みました。自分たちの後方で何が起きているのかわかりませんでした。だれかがいなくなっており、死んだことを知るのは夜になってからでした。

私たちはすべてを奪われました。何もかも集められ、燃やされました。発見されたとき、私たちは着の身着のままでした。脱出した後、人びとが助けてくれましたが、私たちが半裸状態だったので服も与えてくれました。ドゥング町でも人びとから助けてもらっています。私たちは自分で自分の面倒をみることができませんし、何も持っていないのです。ただびくびくしながら生きているだけです。

私がとても悲しく思うのは、兵士たちのふるまいです。無造作に人を選び、殴りつけ、短刀で突き刺し、棒で叩きます。そうして前に進ませるのです。人の血が流される様子を見るのは辛いことでした。本当に心が痛みました。兵士たちは本拠地に到着する前に私を解放しました[Oは正確な場所を明かしたがらなかった]。

解放された後、戻って来る道中でたくさんの死体を目にしました。こんなにたくさんの死体を見るくらいならいっそ解放されない方がよかったのかも知れません。あまりにもいたたまれない光景でした。

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