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サイトトップ > 証言 > 神の抵抗軍(LRA)から逃れ、必死で生き延びようとする人びと

神の抵抗軍(LRA)から逃れ、必死で生き延びようとする人びと

(2009.3.18)

コンゴ民主共和国(DRC)北東部の遠隔地の村々にある、国境なき医師団(MSF)の運営する診療所で、母親たちが診療所のスタッフに自分たちが経験した悲劇について語った。以下は神の抵抗軍(LRA)による襲撃と、何とかして家族を養おうとする苦闘についての証言である。

DRC北東部オー・ウエレ地方の町ドゥング周辺の村々では、LRAの民兵による残忍な襲撃を受けて数千人の人びとが避難した。目の前で繰り広げられた恐ろしい光景に精神的ショックを受け、LRAの新たな襲撃に絶えずおびえ、食糧の備蓄も急速に減少してゆく中、避難した家族らとその避難先の地域の人びとは厳しい現実に直面している。外部からの援助はほとんどなく、平穏な生活への見通しはまったく立っていない。

ジョルジェットは子どもたちを連れて、ドゥルに近い故郷のキリワ村から逃れてきた。彼女は子どもたちを恐怖、拉致、飢えから守ろうと努めている。

ドゥングから18km離れたアムビティコの村に開設されたばかりのMSFの診療所に、ジョルジェットは我が子4人のために医療援助を求めてやって来た。彼女は深刻な表情を浮かべて、小さな診療所の待合所となっている藁ぶき屋根の下にある丸太の1つに辛抱強く座っている。子どもたちは母親の隣に座り、年上の子たちが一番年少の5才の男の子と陽気に遊んでいる。

彼女は自分の村への襲撃についてこう証言する。「9月のある水曜日でした。年長の子どもたちは学校へ向かうため家を出たばかりで、私は下の子どもたちを身体測定のため診療所に連れて行きました。午前10時頃、襲撃が始まりました。迷彩服を着てライフル銃となたで武装したLRAの兵士たちが村に入ってきたのです。村人たちが数えたところでは、民兵は全部で37人いました。彼らはすぐに村を略奪し始めました。診療所にも入ってきました。私は何とか自分の子どもたちを連れて隠れることができましたが、他の男の子や女の子が連れ去られるのを目撃しました。LRAは学校に放火し、村長を殺害してその事務所も燃やしました。彼らは大勢の子どもや若者を拉致しましたが、その中には私の17才の甥と12才の姪も含まれていました。どちらもまだ解放されていません。彼らは子どもたちを連れ去り、大人たちを殺しました。」

襲撃のあった日に、ジョルジェットは夫と6人の子どもたちと共に村を離れた。一家は彼女の姉が住む、南東に約45km離れたアムビティコまで、歩いてたどり着いた。それ以来、2家族で一緒に暮らしている。今のところ、米だけまたはキャッサバ芋と米といった内容で何とか1日1食は維持しているが、食糧の確保は危うい状況にある。「長くは持たないでしょう。」とジョルジェットは心配する。

ジョルジェットは、姉を頼ることができる自分は幸運だと感じている。「自分の村に戻るしかない人も大勢いました。どうやらLRAは翌日も村に留まってヤギや備蓄していた食糧を食べ、それから残っているものを焼き尽くしたようです。」彼女の夫は一度村へ戻ってみたが、自宅は灰と化し全財産は失われていた。

一家は村を離れてから、常に恐怖の中で生きてきた。ジョルジェットはこぼす。「よく眠れません。LRAの兵士たちが突然森の中から出てきて、私たちを皆殺しにするのではないかと常に不安を感じています。子どもたちも、新しい家によく適応しているとはいえ、やはり不安を感じています。地面に長靴の足跡を見つけると、村を荒らしまわった兵士たちの恐ろしい記憶が甦るのです。」襲撃を受けて以来、LRAに捕えられることを恐れて、ジョルジェットは子どもたちを学校へ行かせていない。

2月18日現在、一家はみな健康に問題を抱えている。全員が下痢にかかり、息子の1人は胸の痛みを訴え、娘の1人は重い皮膚感染症を患っている。ジョルジェットは言う。「助けを求められる場所は多くありません。恐ろしいです。どうにもならない状況に追い込まれてしまいました。」

MSFは診療所の患者から、LRAがキリワと近隣の村々に対して2008年9月17日と18日に行った襲撃に関して、次のような情報を得た。 キリワでは、LRAが村を略奪、放火し、村長を斧となたで殺害した。 ドゥルでは、LRAが修道院、家、学校で略奪行為を行った後に焼き払い、教師と生徒たちを拉致した。 バヨテでは、学校とオートバイが焼かれ、家々は略奪され、人びとは拉致された。 これらの襲撃は3つの村で同時に行われた。バヨテを襲った集団はドゥングから38kmの地点まで移動し、生存者からの情報によれば、ドゥングに向かうと主張していたという。

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