Condition: Critical

危機に陥ったコンゴ民主共和国 ホームニュース証言MSFの活動写真ビデオMSF トップページへ
このページを友達に送る フルバージョンはこちら(英語サイト)
  • del del.icio.us
  • blink blinklist
  • digg digg
  • face Facebook
  • furl Furl
  • magnol ma.gnolia
  • newsv Newsvine
  • pownce Pownce
  • reddit reddit
  • stumble StumbleUpon
  • tech Technorati
  • twit Twitter
支援をする

サイトトップ > 証言 > 「村へ帰れる日を待ち望んでいます」

「村へ帰れる日を待ち望んでいます」

(2009.3.18)

コンゴ民主共和国北東部、オー・ウエレ地方のドゥング病院で、国境なき医師団(MSF)は11ヵ月間にわたって神の抵抗軍(LRA)の捕虜となっていた女性の治療を行っている。以下はこの女性患者の話である。

ジュスティンヌ*の姿は、一目見ただけではそれとわかりにくい。ドゥング病院の金属製のベッドに横たわりじっと動かない彼女の姿は、鮮やかなベッドカバーに覆われてほとんど見えない。彼女は話をすることに同意したが、その声はとても小さく、目は空ろだ。

ジュスティンヌは25才、中央アフリカ共和国のオボ村からやって来た。11ヵ月前にLRAが村を襲撃し、ジュスティンヌを含む村人たちを拉致した。拉致された人数は正確にはわからないが、女性、子ども、男性がいたことを彼女は強調した。民兵は捕虜となった人びとをロープで数珠つなぎにし、森へ連れて行った。

最初に捕虜たちは小グループに分けられ、1つの場所に3ヵ月程度滞在した後、別の隠れ場所に移動させられた。LRAの兵士は捕虜たちに定期的に食糧を与えたが、労働も強制した。骨と皮ばかりに痩せているジュスティンヌも、非常に重い荷物を担いで森を歩かなければならなかった。彼女は民兵たちに暴力を振るわれたことを証言し、「身を守ろうとすると、強く叩かれました」と話す。

12月に軍がLRAに対する攻撃を開始してから、LRAは捕虜たちに隠れ場所を毎日変えさせた。ある日、国境地帯で軍事活動を行っていたウガンダ兵がジュスティンヌたちを攻撃した。ジュスティンヌは銃撃から逃れようとしたが、太腿に銃弾を受け、数人の民兵と共にウガンダ兵に捕えられた。その後、彼女がLRAの捕虜であることがわかると、ウガンダ兵は彼女を国連コンゴ監視団(MONUC)に引き渡した。MONUCは彼女をドゥング病院へ連れて来た。

病院で彼女は医師の手術を受けた。銃創は深く、長期間の治療が必要である。さらに下痢と嘔吐で食べ物を受けつけない。ドゥング病院では薬や食糧を提供しておらず、彼女のようなケースへの対応はMONUCや他の組織が管轄する業務でもないため、MSFが食糧と治療の両方を提供している。

MSFの心理療法士と、性暴力の被害者の治療に関するMSFの研修を受けた地元の看護師は、ジュスティンヌと話をし、さらに治療を受けることを勧めている。ジュスティンヌが動けるようになり次第、MONUCは彼女を、拉致の被害にあった女性を対象にMSFがプログラムを実施しているブニアに搬送する予定である。

結婚して6才と4才になる2人の子どもを持つジュスティンヌは、自分の村へ帰る日を待ち望んでいる。「それが私にとって最高の幸せ」と彼女はこのとき初めて微笑んだ。

*安全のため仮名にしています。

MSF International

Which MSF website would you like to visit?